
サーシャ・アストリア: 魔法使い。人間と精霊のハーフブラッドで、身体的にも精神的にも性別はない。
人間側の親であるリアの元で育ち、精霊側の親のルシエルと暮らしたのち、森の家で一人で暮らす。その後オーギュと出会い、パートナー関係に。二人で森の家で一緒に暮らすようになる。周りの生き物の感情を自然と読み取ってしまう特性をもつ。水や植物、防衛、癒しの魔法に長けている。魔法道具作家。動物に変身したときの姿は青く光る鳥。
オーギュ・ハヴスソル: 魔法使い。人間と精霊のハーフブラッドで、身体的にも精神的にも性別はない。
闇魔術の組織 Shárú Ar Mort(シャルアモール)に収容され、自由を奪われ厳しい訓練や拷問を受ける幼少期を過ごした。
それ以前の記憶は奪われている。14歳頃逃亡し、反闇魔術の組織 Monokeros Order(モノケロス・オーダー, 一角獣の騎士団)に保護され、
組織のメンバーの一人から闇の魔術からの防衛術を学ぶ。その後、組織を離れてセデルグレニア魔法魔術学校に入学、寮生活を送る。
17歳頃から森を放浪する生活をして、この頃にサーシャ・アストリアと出会い、パートナー関係に。森の中にあるサーシャの家で一緒に暮らすようになる。
19歳頃サーシャとともに魔法学校アヴァロンに入学。
魔法生物と通じる能力を持ち、風属性/天候操作の魔法に長けている。動物に変身したときの姿は不死鳥。
生まれつき強い感情を覚えると目の色が変化してしまう特性を持つ(寂しさ/不安:淡水色、喜び:黄、など)が、普段は能力を制御していて碧色である。
(詳しいキャラクター設定は、キャラ設定のページにあります。)
『水辺のゆりかご』
BGM: Goldmund / Sometimes
ある日の昼下がり、サーシャは誰もいない中庭のベンチに座って本を読んでいた。
視界の隅に眠り草の花が揺れている。二人でここに通うようになってから二年目の秋が訪れていた。
この中庭は他の生徒があまり来ることもなく、小鳥のさえずりが聞こえる以外にはほとんど音もないので、私にはとても過ごしやすい。
水辺があり草花が生い茂っているここは、この学校の中で一番好きな場所だった。
いつもなら火曜日のこの時間は、オーギュと別々の授業に出ているのだけれど、
今日は私のとっているミュラー教授の授業が何かの都合で休講になっていたのだった。
そうしてしばらく本を読み進めていると、ふと心に寂しさのような何かがかすかに入り込んでくるのを感じた。
私はオーギュとは別の授業に出るときだけに使っている、感情が流れ込んでくるのを抑えるための首飾りをつけたままだったことに気がついた。
この静かな中庭にいるときにはあまり必要がないものだったのだけれど。
水色に輝く首飾りを外すと、オーギュがもう私の隣に座っていて、寂しさや不安な気持ちが雪崩のように押し寄せてくるのを感じた。
オーギュと出会ってからずっと二人で時を重ねてきて、この子の傷ついた心もずいぶん癒やされてきたと思っていた。
だけど、私と少しの間離れていただけで、こんなにもつらく感じていたなんて……。
「サーシャ……」
オーギュが少し甘えたような声で私に呼びかける。
私の肩にもたれかかるオーギュの手を握ってやると、オーギュも強く握り返してきて、不安や寂しさが和らいでいくのがわかった。
私の傍に来て安心したのかオーギュは眠そうな目をしていて、昨夜あまり眠れなかったと言っていたことを思い出した。
昨日私はなんだかとても疲れていていつもより早くに眠ってしまったのだけれど、オーギュは私を起こさずにいてくれて一人で夜を過ごしたのだろう。
私はオーギュの頭を膝に乗せて髪を撫でてやった。
オーギュはほっとしたような表情を見せたかと思うと、ほどなく眠り込んでしまった。

思えば、今までオーギュを残して先に眠ってしまうことはほとんどなかったような気がする。
私がこの子の傍を離れなければならないとき、この子はいつも平気そうにしていたけれど、そのたびに不安や寂しさが私の中に濁流のように流れ込み
溢れ出すようだったから、できるだけいつも傍にいられるようにしていたのだった。
気づけばもう次の授業が始まる時間だったが、オーギュを起こさずにしばらくこのままでいることにした。
授業に遅れそうになっているらしい何人かの生徒が火の塔に向かって走って通り抜けていったが、ほとんど何の感情も流れ込んではこなかった。首飾りはオーギュが来たときに外したままだったにもかかわらず。
オーギュは眠っているときでさえ、私が他の人達の感情に掻き乱されないように守ってくれているらしい。
この学校に入った頃、周りの感情の流れに疲れ果てふさぎ込んでいた私のために、二人だけを包み込むように遮る魔法を、
この子が苦心して編み出してくれたのだった。
私はもともと防衛魔法の類は得意だったのだけれど、その頃の私はすっかり疲弊していてうまく魔法を操ることができなかったのだ。
ふとオーギュの顔を覗き込むと、瞼から一筋の涙がこぼれていた。
けれど、私に流れ込んでくるのは悲しみや寂しさではなく、仄かにあたたかくなるような……。
オーギュはどんな夢を見ているのだろう。
感情は私の意思に関わらず入り込んできてしまうのだけれど、考えていることを読み取れるわけではない。
だけどとにかく、この子の見ているのが悪い夢ではないようでよかった。
オーギュのつらい記憶が今よりずっと遠くなって、いつか思い出すこともないくらいに、遠く遠くなってしまえばいいのに……。
涙の雫が、淡く琥珀色に光って見えたような気がした。
どのくらいの時間が経っただろう? オーギュが目を覚ますまで長い間そうしていた。
髪を撫でていると、オーギュの穏やかな気持ちが私の中にも沁み透ってくるようだった。
「今日はもう家に帰る?」
目を覚ましたオーギュにそう聞いてみた。
オーギュが黙ったまま頷いたので、その手を取って杖を振り、私たちは渦を巻くようにして空気の中に姿を消した。
::: Ending Song: あいみょん / マリーゴールド :::