
サーシャ・アストリア・レストレンジ: 魔法使い。人間と精霊のハーフブラッドで、身体的にも精神的にも性別はない。
人間側の親であるリアの元で育ち、精霊側の親のルシエルと暮らしたのち、森の家で一人で暮らす。その後オーギュと出会い、パートナー関係に。二人で森の家で一緒に暮らすようになる。周りの生き物の感情を自然と読み取ってしまう特性をもつ。水や植物、防衛、癒しの魔法に長けている。魔法道具作家。動物に変身したときの姿は青く光る鳥。
オーギュ・ハヴスソル: 魔法使い。人間と精霊のハーフブラッドで、身体的にも精神的にも性別はない。
闇魔術の組織 Shárú Ar Mort(シャルアモール)に収容され、自由を奪われ厳しい訓練や拷問を受ける幼少期を過ごした。
それ以前の記憶は奪われている。14歳頃逃亡し、反闇魔術の組織 Monokeros Order(モノケロス・オーダー, 一角獣の騎士団)に保護され、
組織のメンバーの一人から闇の魔術からの防衛術を学ぶ。その後、組織を離れてセデルグレニア魔法魔術学校に入学、寮生活を送る。
17歳頃から森を放浪する生活をして、この頃にサーシャ・アストリアと出会い、パートナー関係に。森の中にあるサーシャの家で一緒に暮らすようになる。
19歳頃サーシャとともに魔法学校アヴァロンに入学。
魔法生物と通じる能力を持ち、風属性/天候操作の魔法に長けている。動物に変身したときの姿は不死鳥。
生まれつき強い感情を覚えると目の色が変化してしまう特性を持つ(寂しさ/不安:淡水色、喜び:黄、など)が、普段は能力を制御していて碧色である。
リア・ミシェル・レストレンジ: サーシャの親。人間の魔法使い。
(詳しいキャラクター設定は、キャラ設定のページにあります。)
『雪に覆われた森』

私はオーギュがキッチンに立つ背中を眺めていた。
季節は二月半ば、今年は例年より冷え込みが厳しく、私は杖を振って暖炉の火を少し強める。
今日はセント・ヴァレンタイン・デー。魔導暦第3紀1903年に、ケヴィン・ヴァレンタインがカカオを使って眠りの呪いを防ぐ魔法のチョコレートを初めて作った日だ。眠りの魔法に長けた闇の魔術師に連れ去られる事件が相次いでいた当時、人々が闇の魔術師から身を守るために大変役に立ち、行方不明者の数が大幅に減ったという。現在は、大切な人が平穏無事に過ごせることを祈ってチョコレートを贈るという慣習が各地に広まっている。
今日はオーギュが私のためにとびきりのチョコレートケーキを作ってくれているらしい。
思えば、他の人が料理をする姿を見るのはオーギュが初めてだったかもしれない。
リアは自分で料理をしたりしなかったので、食卓にはいつもお店で買ってきた出来合いの料理が並んでいた。
オーギュが作る料理もお菓子も、いつもとても美味しい。今まで食事をとることには興味が持てなかったし、幸せな食卓だなんて、まったく別世界の出来事だと思っていた。だけど、今この家にはそれが現実に存在しているのだ。
こうして私がぼんやりと物思いに耽っているうちに、ケーキはどんどんそれらしい形になってきていた。
キッチンからカカオのいい香りが漂ってくる。オーギュによれば、この時期にしか手に入らない特別なカカオなんだとか。
ケーキを作るオーギュの耳に、いつも着けていたはずの幸運の果実を模したピアスがない。
数年前に、頭痛や悪夢が少しでも軽減されるようにと魔力を込めて私がオーギュのために作ったものなのだけれど、それは数ヶ月前闇の魔術師達の襲撃を受けたときに壊れてしまったのだった。
何度も呪いを浴びせかけられたが、私達は奇跡的に無傷だった。
魔術師がオーギュに放った呪いを、そのピアスが身代わりに受けてくれたのではないかという気がした。
精霊の伝承では、特別な意味を持つ日に贈ったものにはより強い魔力を宿すといわれている。
それで私は、誕生日にオーギュに渡すために新しいピアスを作ることにした。
最初は、星と月を象ったピアスにしようと思っていたのだけど、作っているとどういうわけか、オーギュが杖を振って宙に舞わせていた綺麗な雪が頭に浮かんできて、最終的にできたそれは、雪の結晶を模したものになっていた。
魔法のアクセサリーがどんな形をしているかは、見た目だけの問題ではない。
星と月を象ったものは2つの天体が持つ力を宿し、雪の結晶を象るならば雪の持つ力を宿すことになる。
もしかするとオーギュが持つ特質のようなものが、私に雪のピアスを作らせたのかもしれない。
近頃は魔法学校の中でも、Shárú Ar Mortに関する悪い噂ばかり耳にするようになってきた。
そして数ヶ月前の襲撃だ。こんな幸せな時間がいつまで続くだろうか。
気づけばオーギュはもう最後の仕上げに取りかかっているようだった。
焼き上がったチョコレートケーキの上に、綿雪のようにふんわりとした粉砂糖がかけられていく。
窓の外を見ると、朝に降っていたはずの雨はいつのまにか雪に変わり、二月の森を白いヴェールで覆っている。
今朝夢で見た森は、こんな綺麗な雪ではなく、辺り一面汚れた灰に覆われていた。
どうすればオーギュを、二人を守ることができるだろう……?
だけど、ケーキを作り終えて私を見上げる琥珀色の瞳を見ると、そんな心配事も全部幻のような気がした。
オーギュを抱き寄せて、そっと額にキスをする。
オーギュか淹れてくれたコーヒーを飲み、オーギュが焼いてくれたチョコレートケーキをフォークで口に運ぶ。雪のようにひんやりと冷たく、甘くほろ苦い。
ケーキが口の中でふんわり溶けると、今だけは何もかも忘れていられる気がした。
これからどんなことがあったって、きっとオーギュのそばにいる。いつだってずっと……。
::: Ending Song: 鬼束ちひろ / Sign :::