フリートフェザーストーリー ここまでのあらすじ
オーギュは闇魔術の実験組織Shárú Ar Mort〈シャルアモール〉に囚われ、記憶を奪われて、
闇魔術をはじめとする魔法・魔術、武器の訓練を受けさせられていた。
その後、反闇魔術組織Monoceros Order〈モノケロス・オーダー〉の一団に保護され、
ここで導師長ティベリウスの弟子となり、闇魔術に対抗する手段を学んだ。
Shárú Ar Mortの記憶に侵襲され、この訓練はオーギュを苦しめるものとなった。
闇祓いキーラとその友人セロとの洞窟探索をきっかけに、
組織を離れてセデルグレニア魔法魔術学校で魔法を学ぶことにしたが、生い立ちも何もかもが違う生徒たちの中で馴染めず自主退学。
オーギュは魔法学校を遠く離れ、森をあてもなく彷徨った。
森の中で大きなサラマンダーに襲われたが、近くにいたサーシャに助けられ、保護・治療を受けることとなった。
ほどなく回復するが、互いに愛着を覚えた二人は森の家で共に暮らすようになったのだった。

オーギュ・ハヴスソル(メリク): 魔法使い。人間と精霊のハーフブラッドで、身体的にも精神的にも性別はない。
魔法生物と通じる能力を持ち、風属性/天候操作の魔法に長けている。
サーシャ・アストリア:魔法使い。人間と精霊のハーフブラッドで、身体的にも精神的にも性別はない。
人間側の親であるリアの元で育ち、精霊たちの隠れ家〝祈りの庭〟で精霊側の親のルシエルと暮らしたのち、
森の家で一人で暮らしていたが、オーギュと出会い、森の家で二人で暮らすようになった。
周りの生き物の感情を自然と読み取ってしまう特性をもつ。
リア・ミシェル・レストレンジ:人間の魔法使い。サーシャの親。
イゾルト・ブロードモア:魔法学校の生徒。
ミア・ブランストーン:魔法学校の生徒。
エリオット・ヘーゼル・カレン:Shárú Ar Mort時代に同室だった魔法使い。
グリア・ローゼンダール:〝魔道器とルーン文字〟の教授。
(一つ前のお話:『終わりなき悪夢とともに』)
(詳しいキャラクター設定は、キャラ設定のページにあります。)
『呪いの肖像画』
BGM: Quentin Sirjacq / memory 1
オーギュがエルヴトゥリス魔法学校の入学案内を見ている。
今まで魔法をちゃんと学んで来られなかったから、改めて魔法を体系的に学んでみたいのだという。
私も早くに魔法学校をやめてしまったので魔法を体系的に学んでみたい気持ちはある。
「セデルグレニアでは光の魔法は善なるもので、闇の魔法は邪悪なものなんだって習ったんだけど、エルヴトゥリスでは6つの属性を平等に扱ってるんだって。」
「オーギュ、それはいいんだけどさ、ここは全寮制なんでしょ? 私たちに寮生活なんてできると思う?」
「うーん……確かに全員寮に組分けされるけど、寮に寝泊まりしなくても、ここから姿現しで通ったらいいんだよ。」
「でもさ、この学校ってエルミア島外でずいぶん遠くでしょ? ここから直接飛ぶのは危険すぎるよ。遠すぎて身体がばらけてしまう。
私は10歳のときアムステルダムまで姿現しして腕が一本取れたことがあるよ。」
オーギュが驚いた顔をしてこちらを見る。
「私、セデルグレニアにいたとき、休憩時間をパタゴニアの渓谷で過ごしてたよ。」
「パタゴニア……? そんなに遠くに?」
オーギュの持つ力にはしばしば驚かされる。
この小さな身体にどれほどの魔力が秘められているのだろう。
そして私はふと昔リアから聞いたあることを思い出した。魔法使いが動物に変身するとき、何の動物になるかを決めるのはその者自身の性質によるのだという。
オーギュは動物の姿になるとき不死鳥の姿をとる。
不死鳥といえば、癒しの涙を流し、姿現しでどこへでも行くことができる鳥だ。
「わかった。移動はオーギュに任せてここから通えばいいんだね。
だけど、学校みたいな人がいっぱいいるところに行くと、色んな人の感情が流れ込んでくるけど大丈夫かな……?」
◇
BGM: Quentin Sirjacq / Aquarius
いくつか心配なことはあったが、私たちは森の家から直接エルヴトゥリスに通うことにした。
エルヴトゥリス——この魔法学校は正式にはそういう名前ではないのだが、私たちが棲んでいるエルミア島ではそう呼ばれている。というのもこの学校の正式名称が数百年前にエルミア島で凄まじい惨禍を巻き起こした闇の魔法使いアヴァロニアスに名前が似ているからなのだとか。
サーシャも私も総合魔法魔術学科を選んでそれぞれに専攻も決めたのだけれど、学科や専攻によらず何の講義を受けるかがかなり自由に選べるところもこの学校のいいところだ。
「ねえサーシャ、私たち、どうして闇の寮になんて組分けされたんだろう。」
「オーギュ、入学前に言われたことを思い出して。
『組分けの魔法は半精霊を組分けすることに失敗するかもしれない。組み分けられた寮が合わないと思ったら、君たちの判断で好きな寮に移ってもいい。』って。」
実際のところ、家から通っていると、どの寮に所属していても大きな違いはないようだった。
寮杯や箒球技〈クィディッチ〉のチームのことはあるけれど、私たちはそういったものにあまり興味はなかった。
そんなこともあって、私たちは闇の寮に所属したままで、他の寮に移ることはしなかった。

◇◆◇
長らく人を避けた暮らしをしていたせいか、周囲の人の感情が流れ込んでくることは予想以上に私を疲弊させた。
感情が流れ込んでくるのを軽減する首飾りを作り身につけるようになるまでは、疲れ過ぎて魔法がうまく使えなくなったり、うまく寝つけなくなったり気分が沈むことも増えたりして、よくオーギュに弱音を吐いたりもしていた。
それでも通うのをやめなかったのは、色々な魔法の知識が増えていくことが嬉しかったり、古代ルーン文字の講義で学んだことなどはそれまでより高度な魔法道具作りをするのに役立っていたからだ。
日々人の多い場所で授業を受けていると、私は自分で思う以上にオーギュに支えられているということを実感させられた。
エルヴトゥリスは本部棟、講義棟などがある校舎の他、各属性の寮と教室がある光、闇、火、水、地、雷の6つの塔で構成されていた。
講義棟5階にある魔法図書館には魔法に関する本が数多く所蔵されている。
授業がないときは二人で図書館に行き色々な本を読んだりして過ごすようになった。
私たちと同寮の生徒イゾルトは、今まで出会った人の中で唯一私の中に感情が流れ込んで来ない人だった。
そのことには最初はとても戸惑ったが、音楽魔法の授業がきっかけとなり、イゾルトと時折話すようになった。
イゾルトを通じて、彼の恋人ミアと知り合ったり、オーギュは Shárú Ar Mort で同室だったエリオットとも再会できた。
エリオットは私がShárú Ar Mortを脱出した数年後に自力で脱出したらしい。
あの頃のことを切り離したいのか、今はヘーゼルと名乗っているという。私もそういったことをあまり聞かないでおくようにした。
ヘーゼルを通じてガリレイとも知り合った。彼は魔法薬の店を営みつつエルヴトゥリスに通っている魔法薬師だ。彼とは魔法薬の材料にしているという魔法植物の話をしたり、魔法薬を調合してもらったりするようになった。
◇
BGM: Ólafur Arnalds ft. Brasstróó Mosfellsdals / Dalur
学校に通うのにも慣れてきた頃、校内がある噂で持ちきりになった。
各寮で生徒が行方不明になっている、というのだ。
この学校の生徒は通常、寮の4人部屋に寝泊まりしているのだが、そのうちの1人がいなくなった部屋がいくつかあるのだという。
そして、その部屋の生徒は行方不明の生徒の存在自体を覚えておらず、寮監の教授もその生徒の記憶がないらしいのだ。おまけに行方不明になった生徒はみんな他の生徒との交流が少ない生徒だそうだ。
そのため、別の寮の生徒や教授が気づくまで、行方不明になったことすら誰も気づいていなかったらしい。
この噂が流れ始めた頃から、校長であるミュラー教授の属性学の授業が中止になり、レオナード教授が代役を務めている。
最近は誰の仕業なのかというのが専らの話題のようで、ムンド教授が降霊術の生贄に生徒を捧げているに違いないなどとあちこちで囁かれているようだ。
こういう時に生徒たちの中で渦巻く色々な感情が私の中に流れ込んでくると気が滅入って仕方がなくなるので、授業以外では他の生徒からできるだけ離れて、中庭や図書館で過ごすようになっていた。
図書館の壁を見ると、いつも見る貼り紙が鉤爪で引っ掻いたような形に破られていた。
〝当校では清掃のボランティアを随時募集しています。ポルターガイストが散らかしたゴミを片付けることで校内の管理維持にご協力ください。〟
よく見ると、紙の右下に小さく血の文字で奇妙なマークが描かれている。それはムンド教授の左頬に描かれているものにそっくりだった。
今月から新たに創設された魔法工学科の〝魔道器とルーン文字〟の授業が総合魔法魔術学科の生徒でも受講できるようになったということで、今日はオーギュといっしょに初めてローゼンダール教授の授業を受けてみることにした。
ローゼンダール教授は開口一番、例の事件のことを口にした。
「わが校はこの件について、生徒を不安にさせないように内密にしておくという方針のようだが、生徒の皆さんもご存知の通り、既に様々な憶測が飛び交っている。
はっきりしているのは、何人かの生徒が行方不明になっていること、行方不明の生徒に関する記憶が同室の生徒や寮監の教授など周囲の人間から抹消されているということだ。
私は、校長にこの件が解決するまで一時閉校にするべきだと進言したが、それは聞き入れられなかった。
しかし、生徒に危険が及んでいるのは事実だ。私の講義に関しては希望者にふくろう便で課題を送るので、それを提出すれば単位を認めることとする。」
「それから、」
ローゼンダール教授は少し目を吊り上げて言った。
「ムンド教授が生徒を生贄にしているなどという噂が流れているようだが、全くの事実無根だ。彼も事件解決のために日々取り組んでくれている。そのような根拠のない噂を広めるのは慎むように。」
この講義から1週間経った頃には、この学校の全校生徒の4分の1ほどが休学を決めていた。
「オーギュ、私たちはどうする?」
「休学しようよ。今は家にいたほうが安全だと思う。」
中庭でそう話していると、ミアが小走りで駆け寄ってきた。イゾルトもその後ろから駆けてくる。
「サーシャ、オーギュ、ヘーゼルがいなくなってる!」
後から到着したイゾルトが焦った声で話してきた。
「他の闇寮生にヘーゼルの同室の子を教えてもらったんだけどさ、その子に訊いたら『ヘーゼルって誰?』って言うの。」
「じゃあ、ローゼンダール教授の説明通りってわけだね。ヘーゼルも何だかわからない災厄に巻き込まれた、」
「サーシャ、ヘーゼルを探すのを手伝ってくれない?」イゾルトは私が話すのを遮りそう言った。
オーギュと顔を見合わせると、オーギュは静かに頷いた。
「わかった。4人でこの事件を探ってみよう。」
◇
4人で事件の謎を解き明かそうということになったものの、何の手がかりもないため、ひとまず図書館に集まって解決の助けになる本がないか探してみることになった。
しばらくはみんな黙って色々と調べていたが、ミアがはじめに沈黙を破った。
「例の噂じゃないけどさ……ありそうなのはやっぱり降霊術の生贄だとか、魂を吸い取って利用する闇魔術みたいなもののような気がする。」
「それは私もそう思う……けど、何の証拠もないし、誰がやったのかもわからないよね。」
イゾルトがそう言うと、また皆黙り込んで調べるのを続けていた。

それから日が暮れるまで4人で色んな本を開いて手がかりを探ったのだけど、結局その日は収穫らしいものはなく、また明日調べようということになった。
「ミア、イゾルト、今は一人で行動するのは危険だから必ず二人かこの四人でいるようにしよう。私はオーギュといつもの家に泊まるけど、ミアとイゾルトは寮が違うから、」
「わかってる。夜はミアといっしょに学校の近くにいる親戚の家に泊まれることになったから大丈夫だよ。」
◇
次の日の食堂は、夜のうちにまた一人生徒がいなくなったという噂でひしめいていた。
いつもなら私たちは、人混みを避けて中庭のベンチでオーギュが作ってくれたサンドイッチを食べているところなのだけど、最近は情報を探るためにも食堂に来ている。
ミアが色んな人から集めてくれた情報から、わかってきたことがある。
どうやら失踪事件は七日おきに一人、夜のうちに起きているらしい。
そして、今までに行方不明になったのが誰なのかもわかった。
しかし、依然として肝心なところは何もわからない。生徒たちは一体どうやって連れ去られたのだろうか。
「ミア、行方不明者はこれで全部?」
「そう、クラリッサ・ハルフォード、カレヴァ・リーヒヤルヴィ、ベレス・リヴィエール、それにヘーゼル・カレンの4人。何か共通点ってあるかなぁ?」
ミアがどこからか入手したらしい3人それぞれの写真をテーブルに広げた。

「クラリッサは獣耳族〈クルーア〉で地の寮の生徒、薬草学が得意。カレヴァは獣角族〈ディルロウグ〉で火の寮の生徒、魔法史が得意。ベレスはハーフエルフで光の寮の生徒、飛行術が得意。それからヘーゼルのことはみんな知ってると思うけど、闇の寮の生徒で、魔法薬学が得意。」
ミアは淡々と話すサーシャを驚いた顔で見る。
「なんでそんなに知ってるの?」
「ただ……それぞれの授業で目立ってるからね。」
「それって、普通の人間族じゃないってこと? あ……でもヘーゼルは違うか。」
ミアはそう言うと黙り込んだ。
「うーん……寮は全員違うし……あっ……!」
イゾルトがはっとしたように声をあげた。
「全員図書館によく来てる生徒だよ。どの生徒とも話したことないけど、みんなしょっちゅう見かけてる気がする。」
「それなら、図書館にいるのが一番危険かもしれないね。」
オーギュが呟くように言う。
「図書館に集まるのはやめたほうがいいってこと?」ミアが聞き返した。
「ううん、むしろその逆だよ。図書館なら犯人を捕まえられるかもしれない。」
そう答えるオーギュの碧い瞳には決意の色が浮かんでいる。
「オーギュ、犯人が〝人〟かどうかはわからないよ。今まで通りなら次の行方不明者は明日。
明日は授業に出ずに図書館で張り込もう。明日までに図書館全体を見通せる道具を作ってくるよ。」
犯人が動物であれ物であれ、図書館で人がいなくなっている可能性は高い。問題はそれをどうやって見つけ出すかだ。
◇
私は図書館全体を見渡すための特殊な水盆を作ることにした。
水盆を覗き込むと図書館の空間がねじれて見え、一度に図書館全体を見ることができる、というものだ。
しかしそれだけでは誰かが消えたことを見落としてしまうかもしれない。
そこで合わせて作ることにしたのが、図書館の中で増えた人、減った人の名前が書き込まれ続けるノートだ。
私に感情が流れ込むのを抑えるための首飾りも、今は外しておいたほうがいいかもしれない。
連れ去られるときの恐怖を捉えることができれば、犯人を見つけ出すのに役に立つだろうから。
事件が起きているのは図書館ではないかという推測が立ってから気になっていることがある。
それまで気に留めていなかったが、ムンド教授は時々図書館に訪れると決まって本を1冊借りていくようだ。
それが行方不明者が出た日と一致するかどうかは定かではないのだけど、少なくとも前回行方不明者が出た日にはムンド教授が訪れていたことは突き止めた。
◇
次の日4人で集まると、作ってきた魔法道具の説明をして、ムンド教授のことも話したが、ミアは有り得ないとでも言いたげな顔をしていた。
「たしかにムンド教授はやばい秘密ありそうだしあやしい儀式とかやってそうだけどさ……生徒を連れ去るなんてそんなことをする人とは思えないよ。」
「……うん、それはわかるけど、可能性の一つとして頭に置いておこうよ。」
イゾルトは静かにそう言った。
水盆で図書館全体、特に出入り口を監視しながら、ノートに書き込まれる名前をチェックする。
私たちは地道に張り込みを続けていた。
「これ、図書館が閉まるまでやるの? 頭おかしくなりそう。」
ミアが苛立った様子で言う。たしかに、一日中4人でこうしているわけにはいかないだろう。
「ミアとイゾルトは昼食を食べてきて。その間オーギュと二人で見張ってるから。」
私はそう言って二人を図書館から送り出した。
◇
ミアとイゾルトが図書館を出ている間にムンド教授が図書館にやってきた。
入 :: M・スピニング
入 :: K・プレスコット
出 :: A・モロー
出 :: O・シュナイダー
入 :: N・ムンド
「えっ……待って、オーギュ、今A・モロー、ええと、アデル・モローって出入口にいた?」
「アデル……さっきこっちの席にいたはず。アデルが読んでた本だけ残ってる。」
「わかった、ムンド教授の動きをよく見てみよう。」
ムンド教授はアデルがいた場所に向かって机にあった本を取り、カウンターに向かった。
「やっぱりムンド教授なのかな。オーギュ、図書館を出たら後をつけていくよ。」
◇
BGM: Amon Tobin - Slowly
私たちはお互いにめくらまし呪文をかけて身を隠し、ムンド教授を追いかけて行った。
ムンド教授は本を借りるとローブにしまい、講義棟を降りて正面玄関を出て広場に出た。
光の塔へ入り3階まで上ると、立入禁止の扉に入っていった。
本棚がたくさんある部屋に来ると、教授は奥の本棚を杖で叩いた。
すると、本棚が動いてその後ろに扉が現れた。
オーギュは思い出したようなはっとした顔としたかと思うとムンド教授に杖を向けて呪文を唱えた。
Surgito!〈覚醒せよ〉
ムンド教授が驚いた顔をして振り返った。
私たちは自分たちのめくらまし呪文を解くとムンド教授に話しかけた。
「ムンド教授——」
教授はどうやら服従の呪文をかけられていたのか、状況が飲み込めない様子だった。
本のことを聞くと〝レオナード教授に届ける〟などと言っていたが、我に返ったのか、立ち入り禁止のフロアにいることを咎められ追い出されてしまった。
◇
BGM: NieR:Automata Original Soundtrack / 複製サレタ街
私がサーシャとともに図書館に戻ると、ミアとイゾルトが水盆とノートを見ながら待っていた。
「うーん……つまり、生徒が本に吸い込まれて、その本を服従の呪文をかけられたムンド教授がレオナード教授に届けてたってわけ?」
ミアはなんだか納得していないという顔をしている。
「とにかく、光の塔のその部屋に入ってみようよ。本を見つけないと。」
イゾルトは少し焦ったように言った。
私は本をローブから取り出してみんなに見せた。
「立入禁止フロアから追い出されたときに、さっと引き寄せて奪ったんだよ。」
「気づかれなかった?」イゾルトが言った。
「錯乱の呪文もかけたから大丈夫のはずだよ。」
本の表紙を見ると『魔法使いのチェス 必勝法』と書いてある。
「んー、なんの変哲もなさそうな本だけど。」ミアは本を拾い上げて言った。
「待って、呪いの気配がするよ。」
イゾルトが静止しようとしたときにはミアはもう本を開いていた。

幸いミアが本に吸い込まれるようなことはなかった。
本には肖像画が描かれていて、アデル・モローが泡の中で眠っているように見えた。
「どうしたらいい?」ミアは戸惑ったように言った。
「わからない。それは一旦しまっておいて後で考えよう。まずは隠し部屋に行くよ。」私は静かに言った。
「わかった。これはサーシャが持っておいて。」
本をローブのポケットにしまい込むと、私たちは光の塔に向かった。
◇
BGM: Marilyn Manson - Cleansing
隠し部屋の扉は、ムンド教授がしていた通りに本棚を叩くと簡単に姿を現した。
全員にめくらまし呪文をかけたものの、扉を開ければ気づかれないわけにはいかないだろう。
「相手も何をしてくるかわからない。気をつけて。いつものレオナード教授だと思ってはいけないよ。
私は皆を護る。三人で教授を無力化して。」私は一番前に立ち、杖を構えたまま扉を開けた。
隠し部屋に入ると目の前にレオナード教授がいた。
隙を与えないように皆で一斉に呪文を放つ。
Protego!〈護れ〉
Petrificus Totalus!〈石となれ〉
Stupefy!〈麻痺せよ〉
Expelliarmus!〈武器よ去れ〉
しかし、レオナード教授は何事もなかったかのようにその場に立っていた。
「待ちくたびれたぞ。しかしやはりお前は友を見捨てることはできなかったようだな。」
私は目の前にいるのがレオナード教授ではないと言うことに気づき、正体を暴く呪文を放った。
Revelio!〈現われよ〉
すると、目の前のレオナード教授は煙のようにすっと消えていなくなった。
Frugari!〈拘束せよ〉
突然私たちの背後から閃光がほとばしり、私たちは全員後ろ手に縛られ身動きが取れなくなった。
身体を無理やりに動かされ、後ろに向き直らされると、そこにはShárú Ar Mortの闇の魔法使いの姿があった。
ブロンドの髪に雷馬を象ったマスクをして、そこから覗く片目は黄金色に輝いている。
ナタリア・タウンゼント、残忍なハーフヴァンパイアの魔法使いだ。
「メリク、幻影だと見破ったことは褒めてやろう。ここまで辿り着けたこともな。
しかし残念だったな。精霊もどきの血は初めてだから楽しみだ。それともその前にそこの精霊もどきを貪るところを見せてやろうか。」
ナタリアが手に持ったナイフをミアの首に突きつけた。
「この身の程知らずの首をはねてやるのも悪くない。」
震えるミアの首から血が一筋滴り落ちた。
「しかし食事は命を奪う前にすることだ。死んだ血を吸うほど虚しいことはないからな。」
Diffindo!〈切り裂け〉
ナタリアはイゾルトのローブを引き裂くと、おもむろに肩に牙を突き立てた。
「これもなかなか悪くない。魔法使いの血はな。」
ナタリアはサーシャの顎に杖を当て突き上げると、この状況を愉しむように笑い声を上げ、歌うように呪文を唱えた。
Crucio!〈苦しめ〉
サーシャの顔が苦痛に歪むのを見て、ナタリアは嘲るように薄ら笑う。
そして雷馬のマスクを外すと、見せつけるように牙を剥き出した。
もうここまでかと思ったそのとき、ナタリアの首に紫色に光る鎖が巻き付いた。
「ヘーゼル……!」
ナタリアの背後から人影が現れると、本に吸い込まれたと思っていたヘーゼルがナタリアに杖を突きつけていた。
「……エリ…オット……こ……れで…済むと思…うなよ…………」
ナタリアは絞り出すようにそう言うと、杖を振り渦を巻くように宙に消えてしまった。
ヘーゼルは私たちの拘束を解くと、レオナード教授の幻影がいた場所に散らばっていた本を拾い上げた。
「これは僕にはどうにもできない。ミュラー校長に渡そう。」
◇
本の呪いはミュラー校長とレオナード教授の手によって解かれ、行方不明になっていた生徒たちは無事救出された。
本に捕らわれていたはずのヘーゼルがどうして無事だったのかは、彼自身が教えてくれた。
「いつものように僕が図書館で本を開いたら、そこには文字じゃなくて肖像画があったんだ。
その人物には抗えないような魅力を感じたよ。彼が僕を手招きするんだ。
〝こっちへおいで〟ってね。
それで彼の手を取ったときには僕はもう本の中に取り込まれてた。
でもしばらくして気づいたんだ、これは罠だってね。」
「僕は魔導絵画を専攻してるから、肖像画についても色々学んでる。
それで、呪いの肖像画のことを思い出したんだ。
思い出すまでは、今いるのが本の中だってことは気づきもしなかったよ。
ただ絵の中の人物に夢中だった。
〝結魂の儀式をしよう〟って言われてその準備を始めてたんだ。
他の生徒たちは、まだ正気を取り戻せていない。
校医の先生によると、〝他の生徒たちも時間はかかるがじきに元通りになる〟らしいけどね。
ナタリアに魂を吸い取られるまであと一歩だったんだ。
僕が本から抜け出せたのは幸運だったよ。本当に危なかったんだ。」
◇
事件は解決したのだけれど、私たちはこれを期に少しの間休学することにした。
ナタリアにみんなが傷つけられるのを見てショックを受けたし、拷問の呪文を受けた私もまだ元の平静を取り戻せていない。
何よりオーギュが心配だ。
しばらく森の家や近くの水辺でゆっくり過ごそうと思う。
いっしょに食事をしたり、二人でハープを奏でたり、穏やかな日常を送っていれば、そのうちまた元の生活が取り戻せるかもしれない。

オーギュがまた悪夢にうなされている。
この子の苦しみを消し去ることはできないけれど、そっと抱きしめると気持ちが少し和らぐのがわかる。
私自身もこの子の存在にどれだけ救われているか。
オーギュは眠ったまま涙を流して呻いている。
私は、オーギュの瞼から溢れる涙を拭ってやり、小さな額にそっと口づけた。
「オーギュ……大好きだよ。」
::: Ending Song : 柴田淳 / ぼくの味方 :::
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