フリートフェザーストーリー ここまでのあらすじ
オーギュは闇魔術の実験組織Shárú Ar Mort〈シャルアモール〉に囚われ、記憶を奪われて、
闇魔術をはじめとする魔法・魔術、武器の訓練を受けさせられていた。
その後、反闇魔術組織Monoceros Order〈モノケロス・オーダー〉の一団に保護され、
ここで導師長ティベリウスの弟子となり、闇魔術に対抗する手段を学んだ。
Shárú Ar Mortの記憶に侵襲され、この訓練はオーギュを苦しめるものとなった。
闇祓いキーラとその友人セロとの洞窟探索をきっかけに、
組織を離れてセデルグレニア魔法魔術学校で魔法を学ぶことにしたが、生い立ちも何もかもが違う生徒たちの中で馴染めず自主退学。
オーギュは魔法学校を遠く離れ、森をあてもなく彷徨った。
森の中で大きなサラマンダーに襲われたが、近くにいたサーシャに助けられ、保護・治療を受けることとなった。
ほどなく回復するが、互いに愛着を覚えた二人は森の家で共に暮らすようになったのだった。

オーギュ・ハヴスソル(メリク): 魔法使い。人間と精霊のハーフブラッドで、身体的にも精神的にも性別はない。
魔法生物と通じる能力を持ち、風属性/天候操作の魔法に長けている。
サーシャ・アストリア:魔法使い。人間と精霊のハーフブラッドで、身体的にも精神的にも性別はない。
人間側の親であるリアの元で育ち、精霊たちの隠れ家〝祈りの庭〟で精霊側の親のルシエルと暮らしたのち、
森の家で一人で暮らしていたが、オーギュと出会い、森の家で二人で暮らすようになった。
周りの生き物の感情を自然と読み取ってしまう特性をもつ。
ゲイル・スカイラー:Shárú Ar Mortの闇の魔法使いでメリク(オーギュ)の師だった。
ナタリア:Shárú Ar Mortの闇の魔法使い。ハーフヴァンパイア。
アーヴィン:Shárú Ar Mortの闇の魔法使い。
アーマ:ナタリアの弟子。
ロイス・ベラクア:Shárú Ar Mortの闇の魔法使い。癒師。
アルバ・ラウヴェイ:セデルグレニア魔法魔術学校の癒師
エリオット・ヘーゼル・カレン:Shárú Ar Mort時代に同室だった魔法使い。
キーラ:魔法戦士、闇祓い。戦闘魔法に長けていて、様々な武器も扱える戦闘のエキスパート。
(一つ前のお話:『小さなメロディ』)
(詳しいキャラクター設定は、キャラ設定のページにあります。)
『終わりなき悪夢とともに』
BGM: Jonny Greenwood / Henry Plain View
私が訓練場に着くと、ナタリアが弟子のアーマを連れてきていた。
「いつも通り弟子同士で決闘だが、今日はどちらかが死ぬまでやってもらう。」
ゲイルは私に、ナタリアはアーマに首飾りをかけた。

「これは訓練だ。決着がついたら時を少しだけ戻す。
この首飾りは身につけた者に未来の痕跡を残す。殺した記憶、殺された記憶はお前たちの魂に刻まれる。
さあ、やれ。」
ナタリアの説明が終わると、アーマとの間に張ってある光の壁が消えた。これが戦闘開始の合図だ。
私に向けられていたアーマの杖先から青い炎が放たれた。
「ヴィトール・フォルティス!」
私が巻き起こした突風がアーマの炎と激しくぶつかり合う。
「エクスペリアームス!」
突風が炎を包み込み掻き消すと、私はすかさず杖から赤い閃光を放ち、アーマから杖を奪い取った。
だが、アーマの杖が私の左手に収まるときには、私の胸にはアーマの投げたナイフが深々と刺さっていた。
視界がぐらぐらと揺れて崩れていく……。
私が武装解除の呪文を放とうとした瞬間、アーマとの間にまた光の壁が張られた。胸に鋭い痛みを感じるが、血は流れていない。
「少し時間を戻した。メリク、お前は攻めが足りない。守りも大事だがもっと攻め込め。
さあ、続けるぞ。3、2、1……」
ナタリアが杖を振り上げるとアーマとの間の光の壁が消えた。
アーマはすかさず左手をかざし、すると私の身体は宙に浮き、そのまま地面に叩きつけられた。
そして次の瞬間、私の胸には一本の矢が深々と突き刺さっていた。
「続けるぞ。3、2、1……」
アーマとの間の光の壁が消えると、アーマの杖先から緑色の閃光が放たれ、私はその光に包まれた。
「もう一度。3、2、1……」
時間が戻されても胸に刃や矢が刺さった痛みはなぜか消えない。
「トゥルビニス・モルサス!」
痛みに朦朧とする中、私は竜巻を巻き起こしアーマに向けて放った。
アーマの身体が宙に浮き、訓練場の壁に頭から叩きつけられ、そのまま地面に落ちるとアーマはぴくりとも動かなくなった。
「メリク、そうだ、それでいい。」
ナタリアがそう言うと、アーマとの間にはまた光の壁が張られていた。
「よし、今日は終わりだ。部屋に戻れ。」
今まで黙って見ていたゲイルはそう言うと、私の首飾りを取り去り、杖を振って渦を巻くように宙に消えてしまった。
◇
BGM: Jonny Greenwood / Stranded the Line
訓練が終わると私は収容棟に戻った。
時間が巻き戻されて刃や矢が刺さったのは〝なかったこと〟になったはずなのだけれども、今なお胸から血が噴き出しているかのように鋭い痛みを感じていた。
自分の部屋まで辿り着くと、急に吐き気に襲われ、便器代わりに使わせられている壺に向けて嘔吐した。
頭が割れるように痛い。
胃の中のものをすべて吐き切ってしまうと身体の力が抜けて、黒い石のベッドに崩れるように倒れ込んだ。
視界がぐるぐるとうねるように回り出し、頭のすぐ後ろで耳をつんざくような爆発音が鳴り響いた。
胸に鎌が突き刺さっている。これはアーヴィンのものに違いない。
身体が重く、鎖で縛られているかのように動くことができない。
鎌が刺さった胸からは、ガラスの試験管のようなものに血液が採取されていっていた。
「メリク、これでお前は用済みだ。お前は私をさんざん手こずらされた失敗作だったが、よい部分は次の検体に活かせるだろう。」
アーヴィンは笑みを浮かべて言った。
隣にいたゲイルが懐から懐中時計を取り出した。
「さあ、そろそろだ。」
ゲイルの大鎌が勢いよく振り下ろされ、私の首は血飛沫とともに身体から切り離された。
頭側と胴体側、首の二つの切り口に灼けつくような痛みが走る。
私の首が転がる部屋にエリオットが入ってきた。
いつもと様子が違う——それは操られているようで、しかしそれに抵抗しているのかときどき身を捩り顔を顰めていた。
アーヴィンは私の血液が入った容器に魔法薬を一滴垂らすと、それを無理やりエリオットに飲ませた。
エリオットの顔が苦痛に歪むとゲイルは杖を振り上げ、魔法の紐で身体を縛りつけた。
するとどういうわけか、エリオットの頭部だけが狼の姿に変化していく。
狼の頭部が咆哮すると、それに応えるように私の頭部が床を転がりだした。
棍棒で何度も打ちつけられたような痛み……。
床に転がりだらが私の身体の方へ向かい、手に握られた杖を口に咥えると、ゲイルの方に向けて赤い閃光を放った。
ゲイルは杖を振り難なく呪文を弾き返すと、私の頭を踏みつけた。
私の頭はパチンと音を立て、風船のように弾け飛んだ。
真っ赤な血が辺りに飛び散る。
頭がばらばらになると、宙や床、天井、あらゆる場所に自分がいるような感覚を覚えた。
私の破片一つ一つに灼けるような痛みを感じる。
そこらじゅうに偏在する〝私〟はだんだんと掠れるように薄れていき、私の意識も遠のいていくのだった。
◇
BGM: Jonny Greenwood / HW/Hope of New Fields
気がつくと私は医務室のベッドに寝かされていた。
目を開けると、白い角と白衣が目に入った。
彼はShárú Ar Mortの癒師ロイス・ベラクアではなく、セデルグレニア魔法魔術学校の癒師アルバ・ラウヴェイだった。
「目が覚めたみたいだね。ハヴスソル、何があったか覚えてるか?」
私は黙って首を振った。
「闇の魔術に対する防衛術の授業で倒れたんだ。君の前でボガートが変身して、君に襲いかかった瞬間に気を失ったそうだ。」
「ゲイル……エリオットは……」
「Shárú Ar Mortのことか? 悪夢を見ていたようだな。君があそこに閉じ込められていたってことはキーラから聞いたよ。」
突然ラウヴェイ癒師の頭に角が黒い角が生え、黒くなり、長く伸びてきた。
「……アーマ!」
私は杖を構えて後ろに仰け反った。
アーマが呪文を唱えると杖から閃光が放たれ、私は白く眩い光に包まれていく……
◇
BGM: fennesz + sakamoto / mono
「ハヴスソル、落ち着いて。ここはセデルグレニアだ。」
見ると、目の前にいるのはアーマではなく、ラウヴェイ癒師だった。
「ごめんなさい。幻覚が……。」
「……そのようだね。でも気にしなくていい。しばらく安静にしていなさい。」
癒師がそう言ったとき、入り口の方から扉をノックするような音が聞こえてきた。
「ハヴスソル、どうやら新患が来たみたいだ。私はそちらを診てくる。君はこれを飲んで休んでいなさい。」
ここに来るといつもこれを飲まされる。
安らぎの水薬に抗幻覚剤やベラドンナ鎮痛薬を加えたものらしいのだが、私にはあまり効果がなかった。
しばらくして隣のベッドに連れて来られたのはサーシャだった。
右足が膝のあたりからなくなっていて、先には包帯を巻きつけられている。
「これを飲みなさい。足生え薬と痛み止めだ。完全に戻るまでは一週間から十日かかるが、きれいに良くなるから安心していい。足が生えるまでには3時間程度だが、生えるまでの間はかなり痛むから痛み止めといっしょに飲むように。」
サーシャは薬を飲んだ後少し咽せていた。
「サーシャ……?」
サーシャは私の方に振り向くと怪訝そうな顔をした。
「……あなたは?」
「えっ……サーシャ、私だよ。何……言ってるの?」
私はサーシャの返答に驚き、激しく動揺した。
突然大きな爆発音が響きわたり、医務室全体がぐらぐらと揺れた。
驚いて周りを見回していると、天井が真っ二つに割れて吹き飛んでいった。
さらに爆発音が響くと壁も粉々になり、平原の中に医務室の床と2つのベッドだけが残った。

壁も天井もなくなると、そこには赤いマントを着て大鴉のマスクをした魔法使いが立っていた。
魔法使いは剣を抜き、サーシャに向かって切りかかる。
「プロテゴ!」
サーシャはすかさず杖を振り、目の前に魔法の壁を作り出して剣を弾き返した。
「ファルメルト!」
私は咄嗟に魔法使いに向かって落雷の呪文を唱えた。
轟音とともに眩い稲妻が魔法使いに直撃する。
地面が激しく揺れ、私の身体も巨人に掴まれているかのようにぐらぐらと揺れた。
◇
BGM: fennesz + sakamoto - amorph

「オーギュ! やめて! オーギュ!」
気がつくと私はサーシャに両手で揺さぶられていた。
ここは……
――森の家のベッドだ。
窓ガラスが割れてキッチンに飛び散っている。
「サーシャ、足は?」
「オーギュ、夢を見てたんだよ。」
「私……あれは私がやったの?」
サーシャは困ったような顔をして頷いた。
「すぐに直せるから気にしないで。」
サーシャが杖を振って薬棚から小瓶を引き寄せ、私に渡してくれた。
生ける屍の水薬だ。これは強力な眠り薬なのだけれど、なぜか私はこれを飲んでも眠気すら起きず、その代わり少し気分が楽になるのだった。
辺りを見回すと、窓だけでなく、壁や天井やあちこちが割れたり砕けたりしている。
私は悪夢を見ながら現実にも落雷を起こしてしまったらしい。
サーシャは杖を振って、壊れたところを一箇所ずつ直していた。
壊したのは私なのだけれど、私はこのところ魔力がうまく制御できなくなっていて、私には元に戻すことができないのだった。
サーシャが悪夢軽減薬や、抗夢遊病薬など高価な魔法薬を取り寄せてくれたのだけど、私にはどれも今ひとつ効果が感じられなかった。
眠っている間に魔力が暴発してしまうのはこれで何度目だろうか。
私はここでサーシャと暮らすようになってから今までは毎日料理をしていたのだけど、近頃の私は魔力をうまく制御できず、朝食にパンケーキを焼くことすらままならなくなっていた。
サーシャが作ってくれた封魔石の首飾りでも魔力の暴走を抑えることはできなかった。
サーシャが色んな癒者に連れていってくれたが、どこに行っても治療法は見つからなかった。
サーシャが淹れてくれる薬草茶や、身体に刻んでくれる癒しのルーン以上に効果があるものは一つもなかったのだ。
ゲイルが私を罵倒する声が蘇り、頭の中で繰り返される。
私は魔力を暴発させてしまう上に、まともに魔法も使えない役立たずになってしまった。
ゲイルは、ナタリアは、どうして私を殺さなかったんだろう……?
何度も何度もこんなことばかり。
これではサーシャに迷惑をかけるばかりだ。
サーシャは私が壊した箇所を直し終えて簡単に朝食を終えると、仕事の魔導器作りに取り掛かっていた。
私はテーブルの上に手紙を置くとそっと家を出た。
◇
私は森の中をどこに向かうでもなく歩いていた。
いつもと同じはずの森は霧が立ち込めていて、自分が今どこにいるのか、どこに向かっているのかもすぐにわからなくなってしまった。
足を進めるほどに霧は濃くなっていき、呼吸が苦しくなってくる。
突然すぐ近くからギィギィ……と軋むような音がした。
右腕がぱっくりと割れて、どす黒い色をした血が噴き出してくる。
なぜか痛みは感じなかったが、大きく開いた傷口に夥しい数の白い虫の卵のようなものが見えて、私は吐き気を催した。
そのまま歩いていると腕の感覚がなくなっていき、持っていたはずの杖もいつのまにかなくなっていた。
森の中はいつになく静かで、霧のせいか薄暗く不気味だった。
今もリンドヴィズルの森にいるのか、もっと遠くまで来たのかもわからなくなってしまった。
雷が鳴り響き、前方から雹が飛んできたとき、私ははっと気がついた。
濃い霧も、この腕を引き裂いたのも、私自身の魔力の暴走のせいだということに。
森をあてもなく彷徨っていると、とめどなく涙があふれてきた。
サーシャと過ごした日々は——
サーシャは——楽しいとか、嬉しいだとか、そんなことを初めて私に感じさせてくれた。
いや、思い出させてくれたのかもしれない。
だけど、魔法を使えない魔法使いが生きていい場所なんてない。
……魔法を使えない魔法使い? ——いや。
非魔法族たちは命を奪われていた。
私は—— 私は……?
ティベリウスは私を刃で傷つけたりはしなかった。
ゲイルは……
目を閉じれば何度でも身を切り刻まれ削られる苦痛が蘇ってくる。
あの場所を去っても、どこまで遠く離れても逃れられなかった。
こんな苦痛も、死んだら楽になれるだろうか。
いつかエリオットが呟いた言葉を思い出す。
『たとえ僕たちが死んでも、彼らは魂の残骸すら彼ら自身のために利用するよ。』
だけど彼らはもうここにはいない。
私は何度も殺されてきた。
死ぬときの苦痛も、どうやったら死ねるかもわかっている。
私はナイフを取り出すと、真っ直ぐ胸に突き刺そうとした。
◇
「エクスペリアームス!」
呪文を叫ぶ声とともにナイフが手から離れ、宙を飛んでいった。
振り返るとそこには杖を握りしめたサーシャの姿があった。
サーシャが私をぎゅっと抱きしめてくる。
「オーギュ、気づかなくてごめんね。
オーギュ。オーギュはさ……いいんだよ。
何もできなくったって、何を壊したってさ……そんなこと、いいんだよ……。」
「私が一番大切なのはオーギュなんだから……。」
私たちはしばらく二人で抱き合ったまま涙を流していた。
◇
BGM: world's end girlfriend - 再来の風
その後、ラグエルが家の防護呪文を強化してくれたことで、私の落雷で家が壊れることはなくなった。
けれど、私の魔力の暴発が収まるまではまだしばらく時間がかかった。
暴発が収まり、魔力をまた制御できるようになってもひどい悪夢は続いている。
それでも、そんな中をやり過ごすことは少しずつうまくなってきた気がする。
私はまた食事やお菓子を作れるようになり、少し前の暮らしが戻ってきた。
過去に追いかけられ、黒い影に襲われて、ときどき悪い夢に飲み込まれそうになるけれど、サーシャとの日常は私にとって初めての幸せだった。
今日はレアチーズとベリーのタルトを焼く。
二人でアフタヌーンティーを楽しむ日常なんて、想像したこともなかった。
こうして穏やかな日々を重ねていけば、あの悪夢を忘れられる日が来るだろうか。
けれども、私たちのそんな日々の中でも闇はどこかで力を増し、世界を覆い尽くす時を待っていたのだった。
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