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フリートフェザーストーリー ここまでのあらすじ​

オーギュは闇魔術の実験組織Shárú Ar Mort〈シャルアモール〉に囚われ、記憶を奪われ、

闇の魔術をはじめとする魔法・魔術、武器の訓練を受けさせられていた。

 

オーギュは師の闇の魔法使いゲイル・スカイラーやナタリアによる苛烈な罰に苦しみながらも、

日々の悪夢の中で魔法の力を開花させ、Shárú Ar Mortからの脱出に成功したのだった。

キャラ個別_オーギュ他_精霊の魔法_copyrightOK.png

オーギュ・ハヴスソル(メリク): 魔法使い。人間と精霊のハーフブラッドで、身体的にも精神的にも性別はない。

魔法生物と通じる能力を持ち、風属性/天候操作の魔法に長けている。

ゲイル・スカイラー:Shárú Ar Mortの闇の魔法使いでメリク(オーギュ)の師。​

セルジュ・ティベリウス・メドウズ:Monokeros Order〈モノケロス・オーダー〉の導師長の一人。光魔術の使い手。

サラ・グリーソン:Monokeros Orderの総導師長。

​キーラ・シャックルボルト:魔法戦士、闇祓い。戦闘魔法に長けていて、様々な武器も扱える戦闘のエキスパート。

​セロ(アレク・ライサノール): 人間とヴァンパイアのハーフ。火の魔法が得意。物理・魔法の両面で戦闘に長けている。

(一つ前のお話:『精霊の歌』

(​詳しいキャラクター設定は、キャラ設定​のページにあります。)

 

 

 

 

 

『精霊の魔法』

 BGM: Jonny Greenwood / There Will Be Blood

オーギュとゲイル_精霊の魔法2.png

「メリク、今日は手を身体から切り離して手だけを動かす訓練だ。

 まずお前の手を切り落とす。それで離れた手の感覚を覚えろ。」

 

 そう言うと、ゲイルは大鎌を振り下ろし、私の右手を切断した。

 激しい痛みとともに鮮やかな血が噴き出す。

 

 ゲイルが手をひねると、噴き出した血は宙の一点に集まり、丸い珠の形になって浮遊した。

 切断された手からはもう血は出ていない。

 

「手を動かしてみろ。離れた手もまだお前のものだ。さあ、マナに感応するのだ。

 

 私は激しい痛みの中、離れた手に意識を集中させた。

 すると私の手が動き出し、宙に浮かび上がるとゲイルの首を掴んだ。

「メリク、何をしている

 

 ゲイルは私を睨みつけ、杖先から緑色の光を放った。

 私は光に包まれ、意識が遠のいていく。

 

 

 

 薄れる意識の中で、私は手に渾身の力を込めてゲイルの首を締めつけた。

 緑色の光は消え、ゲイルの手から杖が落ちると彼は床に倒れ込んだ。

 

 

 

 私はその場を去ろうと歩き出したが、ふいに背後から大鎌が飛んできて私の首に突き刺さった。

 

 

 

 痛みに悲鳴を上げ目を見開くと、私はベッドの上にいて、視線の先には白い天井があった。

 

 

 

 

 

  ◇

 

 BGM: fennesz + sakamoto / mono

 

 

 私は自分の叫び声で目を覚ました。

 私はベッドに寝かされていて、誰かが私の顔を覗き込んでいる。

 

「あなたは……?」

「目が覚めたか? 私は Monokeros Order〈モノケロス・オーダー〉 の導師長を務めているティベリウス・メドウズだ。

 Shárú Ar Mort〈シャルアモール〉 から脱出した者がいるという知らせを受けて捜索し、君を保護した。

 著しく消耗しているようだが、別状はないから安心していい。」

オーギュ_他_精霊の魔法_シーンA.png

 ティベリウスの話によると、私は森の中で気を失っているところを Monokeros Order の一団に発見され、保護されたということらしい。

 Monokeros Order Shárú Ar Mort のような闇魔術組織に対抗するために作られた組織で、光魔術の使い手を育成しているという。

 私はティベリウスに入団を勧められ、彼の弟子にならないかという提案を受けた。

 彼が言うには、私は Shárú Ar Mort に追われる身なので、闇魔術に対抗する力を持っておくべきだという。

 

 

 体力が回復するまでの間悩んでいたが、私はティベリウスの弟子になることを決めた。

 Shárú Ar Mort の闇魔術に対抗できる光魔術を修得すれば、残してきたエリオットを助け出せるのではないかということもあった。

 

 

 

 

 

 

  ◇

 

 

 

 

 

「それで、君の名前は?」

 

 

 

 私が黙り込むと、ティベリウスはそれ以上は訊かなかった。

 

「君は記憶が混乱しているようだ。覚えていないのなら、何でも好きな名前を名乗るといい」

 

「君はまだ消耗している。必要なものはすべて揃っているから、回復するまでここでゆっくり休むといい」

 

 それだけ言うとティベリウスは部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 私の名前——、私は——

 

 

 

 

 

 思い出そうと記憶を手繰っていると、壁に掛けられてカレンダーが目に入った。

 

 カレンダーの月と日付を見ると〝Kathar (Aug)〟と書いてあり、16の文字が赤い字で丸く囲まれていた。

 

 初めて見る暦だ。

 Shárú Ar Mort で使われていた暦には月がなく、日付だけが書いてあった。

 

 日付の欄の上に、嵐の海に太陽が浮かぶ絵が描かれていて、右下には〝S. Fogsleet〟とサインが入っている。

 この不思議な絵にはなぜかとても惹きつけられ、しばらくの間それを眺めていた。

 

 

 

 

 

  ◇

 

 

 

 

 

 私が休んでいるうちに Monokeros Order の評議会でティベリウスの弟子になることが正式に決定し、光魔術と武器戦闘の訓練が始まった。

 ティベリウスの訓練は厳しかったが、ゲイルのように私を痛めつけられたり、罰を与えたりするようなことはなかった。

 

 しかし、剣を振るうたび、新しい魔法を使うたび、Shárú Ar Mort で見たおぞましい光景や、身体の感覚がありありと蘇ってきた。

 気づけば意識を失っていたり、別の場所にいたり、長い時間が経っていることもあった。

 

 

 

 

 

 ここでは日々、師であるティベリウスや、総導師長サラ・グリーソンによる魔法や武器の訓練を受ける。

 今日はティベリウスによる魔法の訓練を受ける日だ。

 

 

 

「オーギュ、指輪を外して、杖をしまってくれ。」

 

「君は杖や指輪が何のためにあるか知ってるか?

 魔力というものはもともと自身の内に備わっているものだ。

 だから本来、魔法使いは杖や指輪なしに魔法を使うことができる。

 じゃあこれらは何をしているかというと、魔力の道筋を作り、内に秘めた魔力を発動する手助けをするのだ。

 しかし、本来の魔法力を最大限に発揮するためには道具なしに魔法を使う力を身に着けなければならない。

 

 

 

 

「……メリク、指輪を外せ。杖はそこに置け。」

 

 BGM: Jonny Greenwood / There Will Be Blood

 

「杖や指輪が何のためにあるかわかるか? 魔力の道筋を作るためだ。

 魔法使いならどんな無能であっても、杖や指輪があればそれを通して魔力を発揮できる。

 しかし、魔力というものはもともと自らに備わっているもの。

 杖や指輪、あるいは触媒や呪文のようなものも、魔法を使う手助けをしているだけだ。」

 

「杖がなければ魔法が使えないなどという者に魔法使いを名乗る資格はない。

 触媒を使って小さな火を生み出すなどというのは魔法とはいえない。そんなものは子供騙しの手品〈マジック〉にすぎない。

 触媒や魔法書は、隕石を呼び寄せるような強大な魔法を扱うためのものなのだ。」

 

「真の魔法使いは、道具など何もなくても己の魔力を導き出すことができる。

 精神を鍛錬しろ。マナは万物の中に存在する。マナを感じ取り、マナに干渉するのだ。」

 

 

 

 

「さあ、この小石を杖も指輪もなしに弾いてみろ。」

 

 ゲイルはそう言うとすぐに小石を私目掛けて投げつけてきた。

 

 私は小石を弾き返すよう念じてみたものの、何度も繰り返しても身体に直撃するだけで、少しも小石を動かすことはできなかった。

 

 

 

 

「ふむ。ではこのナイフならどうだ。弾き返せなければこの刃がお前の胸を貫くぞ。」

 

 

 ナイフを投げつけられても、やはりそれを弾くことはできなかった。

 私の胸から勢いよく血が噴き出しても、ゲイルが容赦するようなことはなく——。

 三本目のナイフが胸を貫いたとき、痛みに朦朧とする中で、私の意識はナイフの回りに漂う何かを捕らえた。

 血塗れのナイフが胸から押し出されていく。

 

 

 

「そうだ、メリク。そう、それでいい。」

 

 Vulnera Sanentur! 〈傷よ、癒えよ〉

 

 

 

 

 

  ◇

 

 BGM: fennesz + sakamoto / kokoro

 

 

 

「おい! 聞いてるか? オーギュ、やる気がないなら帰れ。」

 

 私ははっとして目を開いた。

 口の中に血が滲んでいる。

 

 夢を見ていたのだろうか。私の目の前、ゲイルがいたはずの場所にはティベリウスの姿があった。

 

 

 

「……いいか、杖や指輪が何のためにあるのか。

 魔力というものはもともと自らの内に備わっているものだ。

 だから本来、魔法使いは杖や指輪なしに魔法を使うことができる。

 じゃあこれらは何をしているかというと、魔力の道筋を作り、内に秘めた魔力を発動する手助けをするんだ。

 しかし、本来の魔法力を最大限に発揮するためには、道具なしに魔法を使う力を身に着けなければならない。

 杖や指輪なしで魔法を扱えるようになれば、それらを使うときにもより安定した強力な魔法を扱えるようになるだろう。」

 

 

 念動術——手も触れることなく物を動かす——というのは、魔法道具なしに扱う魔法の基本で、引き寄せ呪文や箒の操縦といった魔法とは全く原理が違うのだという。

 

「オーギュ、ここに小石がある。まずこれを浮かせてみてくれ。

 すべての物体、生き物、地上、地下、空中、すべての場所は魔象の力で満ちている。

 目を閉じて感じてみろ。小石のまわりに漂うもの、空気の流れ、息づいているものを。

 頭から雑念を追い出し、集中しろ。今ここに存在しているものすべてに。

 

 

 

 

 この訓練は Monokeros Order にいる間何度も繰り返し受けたが、道具なしで魔法を使う力は、この場所を出るまでついぞ身につくことはなかった。

 

 

 

 

 

  ◇

 

 BGM: Balmorhea / Remembrance

 

 

 こうしてしばらく師や総導師長からの訓練を受ける日々が続いた。

 そしてある日、私に会いたいという魔法使いがいるとティベリウスに言われ、Monokeros Order の応接室に呼ばれた。

 少し待っていると、オリーブ色のキャスケットを被った背の高い魔法使いが部屋に入ってきた。

 背中にはとても長く幅の広い剣がある。これほどの大きい剣は今まで見たこともない。

 私にはきっと持ち上げることすらできないだろう。

オーギュ_精霊の魔法_シーン1.png

「君がオーギュか? 私はキーラ、キーラ・シャックルボルトだ。Monokeros Orderのメンバーではないが、そうだな……友好者といったところか。君がセルジュの弟子になったと聞いてな。君に頼みたいことがあるんだ。」

 

 しかし、これほどの剛の者に対して私が手助けできることなどあるのだろうか。

 

 

 

 

「……私に?」

「ああ。どうしても手に入れなければならないものがあって——その手助けをしてほしいのだ。エオルバートにある飛竜樹の洞窟の奥に潜むトリエントワイヴァーンからしか採れない睡竜草の花が必要になってな。」

 

 またか……と私は思った。動物たちから何かを奪い取るところは、Shárú Ar Mortで嫌というほど見せられた。

 

 

 

「……トリエントワイヴァーンを殺すんですか?」

「いや、殺しはしない。ただ、花を譲ってくれるように飛竜樹と交渉してほしい。」

「どうしてそれを私に?」

「君は魔法生物と通じる特別な力を持っているのだろう、その力を貸してほしい。」

 

 

「私にそんな力はありません。ただ……動物にひどい仕打ちをしないだけです。」

「ふむ……しかしな、私のような者には動物と意思疎通することはできないのだ。」

 私は返事に迷い、少し沈黙した。キーラの目をじっと見ていると、その瞳にほんの少しあたたかな微笑みのようなものが浮かんでいる気がした。それは、今までに見た人間たちとは違っている気がして——

 

 ……わからない。だけど、彼を信じてもいい気がした。少なくとも、ティベリウスよりもキーラのほうが信用できる。

 

 

 

「わかりました。協力します。」

「よし、それなら決まりだ。ありがとう。明朝に友人のセロと迎えに来る。」

 

 

 

 

  ◇

 

 

 

 

 キーラは次の朝、約束通り一人の魔法使いを連れてやってきた。

 燃えるような赤い髪に何かを見通すような真紅の瞳。

 

「俺はアレク・ジュリアス・ライサノール。ハーフヴァンパイアだ。セロと呼ぶ者が多いが、まあ好きなように呼んでくれ。」

 

 

 

 それから私たちはセロの腕をとり、宙に渦を巻くように宙に消えると、洞窟の前に姿を現した。

 

「ここだ。エオルバート北西部、レギアル山。封魔石の採掘でも知られている通りなのだが、この辺りでは魔法を使うことができない。飛竜樹の洞窟の中は石のゴーレムが守っている。誰がそんなものに守らせているのか知らないが、俺が200年ほど前に初めて訪れたときもそうだった。」

「石のゴーレムは私とセロで片付ける。最近魔物が棲み着いたという噂もあるが、二人いるので心配はいらない。私たちは武器だけでも戦えるのでな。それにいざとなれば巻物も用意してある。」

 

 

 BGM: WILLITS + SAKAMOTO / Ocean Sky Remains

 

 洞窟に入ってみると中は真っ暗闇だ。杖明りが使えないので各自ランタンを持って歩いていく。

 

 

「念の為、オーギュもこれを持っていてくれ。」

 

 キーラから反りのある片刃で細身の銀製の剣を手渡された。それは私がそれまで使っていた剣よりもずっと軽くて持ちやすかった。

 

 

 

 歩きながら、キーラといくつか話をした。Monokeros Order のこと、私たちが扱える魔法についてのこと……。

オーギュ_精霊の魔法_シーン2r3.png

「君は巻物がなぜ封魔の影響を受けないか知ってるか?」

「……リトルエルフの魔法が封じ込められているから、ですか?」

「ふむ。たしかにリトルエルフは封魔の影響を受けないからな。着目点は素晴らしい。

 だがそうではない。巻物が封魔の影響を受けないのは書かれた時点で既に発動しているからなのだよ。

 だから巻物は魔法使いでなくても使えるなどという者もいるが、それは間違いだ。

 発動を途中で止めた状態を保つというのが巻物の力だが、発動を再開させることは魔法使いでなければできない。」

 

 

 

 

 

 少し歩くと、キーラの背丈の2倍以上はある石のゴーレムが立ちはだかっていた。

 

 

 

「オーギュは下がってろ。」

 

 そう言うとセロは高く飛び上がり、黄金の鞭をゴーレムの首に巻き付け、ゴーレムの巨体をそのまま地面に叩きつけた。

 するとすかさずキーラが長い黄金の鎚を振り上げ、ゴーレムの身体の中央あたりに振り下ろすと、ゴーレムは粉々に砕けて動かなくなった。

 

 

 

「いいか、こいつはすぐに元通りになる。すぐに奥に進むぞ。」

 

 

 

 重い岩の扉を開けて先へと進むと、しばらく細く曲がりくねった道が続いた。

 

 このあたりから洞窟の岩壁に紫色の石が混じるようになってきた。

 紫色の封魔石は、泡が噴き出すように小さな光の粒を放っている。

 奥に進み、この石の割合が増えてくると灯りがなくても歩けるほどの明るさになってきた。

 

 

 

 細い道を抜けると、少し広い場所に出た。

 すると、突然キーラが声を上げた。


「オーギュ、下がれ

「キーラ、シャドウリカントだ

 

 薄暗い洞窟の中に二足歩行の狼のような形をした真っ黒い影がいくつも見える。

 セロが銀の斧を投げつけると、黒い狼の影の一つがすっと消えていった。

 キーラの周りにいくつもの影がにじり寄って来ると、キーラは白銀に輝く大きな鎚を振り上げ地面に思い切り叩きつけた。

 洞窟が崩れるのではないかと思うほど地面が激しく揺れたかと思うと、キーラを取り囲んでいた黒い影は跡形もなく消えてしまった。

 

「セロ、これで全部か?」

「ああ。おそらくな。だがまだ何が潜んでいるかわからない。オーギュは少し後ろをついてきてくれ。」

 

 

 

 キーラとセロが黒い影を倒したあとはしばらくそのまま広い道が続いていた。

 左右には怪しげな騎士の像が延々と並んでいる。

 さらに進んでいくと、また重い岩の扉の前に着いた。

 

「キーラ、こんな扉前からあったか?」

「……いや、ない。

 誰が作ったのかはわからないが、固く閉じられているようだ。」

 

 

 

「オーギュ、危ない

 セロはそう叫ぶと銀の斧を私の後ろに向かって投げつけた。

 振り返ると先ほど倒したはずのシャドウリカントたちが迫ってきていた。

 

 キーラが銀の大鎌で薙ぎ払うと、黒い影はすっと地面に吸い込まれるように消えていく。

 

 狼の影がすっかりなくなってしまうと、二人は再び岩の扉について話し始めた。

 

「だがセロ、封魔の場所でこんな扉があるというのは魔法なしでも開けられるということだろう?」

「おそらくそうだ。しかし、これを作ったのが人間ではないということもないとはいえない。妖精の類であれば封魔石の影響は受けないからな。」

 

 

 

 

 Alohomora!〈開け〉

 

 私は杖を取り出して解錠呪文を唱えてみた。

 扉がかすかに白く光ったが開くような様子はない。

 

 やはりだめか、と思ったが、二人がはっとした顔でこちらを見ていた。

 

「オーギュ、別の呪文も試してみてくれ。私たちはここでは扉を光らせることすらできないのだ。どうやら君はここでも魔法を使えるらしい。」

 

 

 

 

 Aberto!〈解錠せよ〉

 

 Bombarda maxima!〈完全に粉砕せよ〉

 

 やはり岩の扉はびくともしない。

 そのときシャドウリカントが地面から浮かび上がるように影の形を取り戻してきていた。

 

 列をなしている影に向かってキーラは銀の大きな槍を抱えて突進し、セロは銀の斧を振り回した。

 二人の手によって人狼の影はあっという間に消えていく。

 

 だが、逃れた一匹がいたのだろう、私の頭上から黒い手の影が伸びてきた。

 私が咄嗟に剣を抜き、腕を切り落とすように斬りつけると、頭上の影はすっと消えていった。

 

 

 

 

「オーギュ、今のは見事だったぞ。」

 

 キーラが私を見て言った。

 

「セルジュからは弟子の剣の腕が上達しないと聞いていたが、私が見た通りやはり剣が合っていなかったのだな。その剣は君に授けよう。君を危険から守ってくれるだろう。」

 

 

 

 

 再び私たちは岩の扉に向き合うことになった。

 

「しかし待てよ。キーラ、これは本来の姿ではないかもしれないぞ。」

「それなら……

 

 

 

 

 Revelio!〈現れよ〉

 

 私が呪文を唱えると、大きな岩の壁は跡形もなくなり、あとには小さなガーゴイルの彫像だけが残った。

 

 私たちは壁の無くなった道を進もうとしたが、岩の壁はなくなった後も見えない壁がそこにはあった。

 

「ふむ、これが本体というわけか。」

 

 キーラが黄金の鎚で彫像を叩き割ると、見えない壁は消え去り、先に進めるようになった。

 

 

 

 

 BGM: Olivier Messiaen / Louange à l'éternité de Jésus

 

 彫像の残骸を後にしてさらに奥に進んでいくと、岩肌に飛竜樹が植わっているのが見えてきた。

 それは朽ちかけた古い樹木のようにも見えたが、その形は尻尾に猛毒を持つ飛竜〈ワイヴァーン〉によく似ていた。

 

 

「オーギュ、任せたぞ。」

 

 

 

 私は前に進むと、キーラから聞いたことを飛竜樹に話し、花を譲ってもらえるようお願いした。

 

 イル・バグノールの街で流行っている病を治すために睡竜草の花が必要なので分けてほしいのだと。

 

 しかし、飛竜樹はお前の望みを聞いて何になる、といった感じで全く取り合ってはもらえなかった。

 

 

 

 ここまで来たことは褒めてやろう。だが所詮はお前も人の子だろう、今すぐ立ち去るかお前も洞窟の血肉と化すかだ。

 

 飛竜樹が言い終わるが先か、突如として洞窟の中に嵐が吹き荒れ始めた。

 

 

 

 

 Turbinis morsus!〈竜巻よ

 

 身も粉々になるほどの嵐に仰け反りながらも、私は杖を振りかざし呪文を唱えた。

 

 私が竜巻を巻き起こすと、嵐と竜巻とが激しくぶつかり合った

 

 それらは互いを削り合い少しずつ弱まっていき、ついには消えてしまった。

 

 ほう、これは驚いた。グロリエルの子がここに来るとはな。しかしお前はグロリエルよりむしろヴェニエルに似ているな。

 

 洞窟がお前を風の子と認めたのであれば、わしはお前の手助けをせねばならぬな。わかった、今回はお前に花を譲ってやることにしよう。

 

 

 ふむ。それで、あれらはお前の仲間なのであろう? それならばすぐに立ち去るがよかろう。わしがそこにいる薄汚いネズミどもを喰らってしまう前にな。

 

 

 

 

  ◇

 

 

 

 私達はすぐに洞窟の入り口に向かって歩き出した。

 

 

「オーギュ、危ない目に遭わせてすまなかったな。しかし君のおかげで無事睡竜草の花が手に入った。ありがとう。君が何か困ったことがあれば今度は私たちが助けよう。」

 

 彼らとの出会いは私の運命を大きく左右することになった。

 このことがなければ、ティベリウスの弟子としてMonokeros Orderに留まる期間はもっと長くなっていたことだろう。

 Monokeros Orderに見切りにつけ、セデルグレニア魔法魔術学校への入学を決意したのは、この出来事の3ヶ月後のことだった。

 

 

 

 

 

::: Ending Song : 鬼束ちひろ / 帰り道をなくして ::: 

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