フリートフェザーストーリー ここまでのあらすじ
オーギュは闇魔術の実験組織Shárú Ar Mort〈シャルアモール〉に囚われ、記憶を奪われて、
闇魔術をはじめとする魔法・魔術、武器の訓練を受けさせられていた。
オーギュは師の冥導師ゲイル・スカイラーやナタリアによる苛烈な罰に苦しめられ、
癒えることのない傷を負いながらも、組織からの脱出に成功した。
その後オーギュは森で倒れ、反闇魔術組織Monoceros Order〈モノケロス・オーダー〉の一団に保護された。
オーギュはここで導師長ティベリウスの弟子となり、闇魔術に対抗する手段を学んだ。
Shárú Ar Mortの記憶に侵襲され、この訓練はオーギュを苦しめるものとなった。
ティベリウスの友人キーラ、セロの依頼で洞窟探索に同行したのをきっかけに組織を離れることを決意する。

授業が終わり、オーギュは魔法薬学の教室を出た。
またこれだ……。
今日も魔法薬は散々な結果だった。
教授の言う通りやったつもりなのに、うっすらと淡青色の透明な液体になるはずが、できあがったものは灰色に濁ってぶくぶくと泡を立てていた。
あまりにもひどい出来だ。
教授はもう何も言わず、気の毒そうな顔をするだけだった。
もう私には向いていないのだと開き直れたらいいのかもしれないが、これには毎回落ち込んでしまう。
最初の頃は放課後教授に呼び出されて補習を受けさせられていたけれど、私がいっこうに上達しないのを見て諦められてしまったらしい。
それに、魔法薬学の前の授業は魔法生物飼育学で——これは成績がよく、得意科目ではあるのだけれど——鎖で繋いだり狭いところに閉じ込めていたりと動物たちにひどい扱いをしているので、毎回気分が悪くなってしまうのだった。
今に比べればShárú Ar Mortの頃のほうがまだ出来がよかったのでは……?
ふとそんなことを思うと、あの場所で受けた数々のひどい仕打ちが次々と思い出されてきてしまい、呼吸が苦しくなってきた。
ローブから薬を取り出して口に放り込む。
この間買ってきたのにもうあと少ししか残っていない。また魔法薬の店に行かなければ。
店の魔法薬師には、あまり頻繁に使わないようにと言われたのだけど、たびたび苦しくなるのでどうしても使い過ぎてしまう。
ローブから懐中時計を取り出して見ると、もう次の授業が始まる時間だった。急いで魔法史の教室に行くと他の生徒はみんな着席していた。
教授に、そんなふうに時間も守れないから君はダメなのだ、と言われてしまった。
私は魔法史も苦手で、いつも成績が悪い。水曜日は嫌いな授業ばかりで本当に憂鬱だ。
こうやって文字ばかり読まされていると、目が泳いでしまって全然集中できなくなってくる。ルーン文字なら平気なのに。
マーリンがどうした だとかそんな話には興味が持てず、だから余計に集中できないし頭に入ってこないのだ。
授業が終わって寮の部屋に帰った。
今日も散々だったな……。
同室の生徒たちは校内持ち込み禁止とされている魔法のおもちゃで遊んで騒いでいる。
他の生徒たちが話していることは私が知らないことばかりだし、私が知っていることは他の生徒たちは知らないようで、
見た目は同じ人間だけれど、私だけが異世界の住人のような気がした。
しばらくすると誰も私に話しかけてはこなくなったし、私から話すこともなくなった。
フクロウのアローに話しかけようと思ったが、今日は眠ってしまっているようで、仕方なく私も布団をかぶって耳を塞いだ。
Monokeros Orderにいたほうがよかったかな、そんなふうに考えてしまう。
納得いかないことも多かったけれど、少なくとも休むときは一人の部屋で過ごさせてもらえた。
しばらくすると鐘の音がして、夕食の時間を知らせていた。
何も食べたくないのにな。食べたって、どうせまた吐いてしまうんだ。
そう思いながらも仕方なく食堂に向かうのだった。
◇
秋が過ぎ、クリスマス休暇に入ると、多くの生徒たちが帰郷していた。
寮は談話室にもほとんど人がいなくなっていて、部屋にいるのは私だけだった。
図書館に行って色々調べたいことがあったのだけど、今日は頭痛とめまいがひどく、薬もあまり効かなくて一日中ベッドに伏せってしまった。
このところ体調が悪く、薬もあまり効いてくれなくなっている。
先週は授業中に気を失って気がつくと医務室のベッドの上、ということが二度もあった。
もうここにいるのも限界なのかもしれない。
でも、学校をやめてどこへ…?
Monokeros Orderに戻るつもりはないし、他に行くあては何もない。
◇
これからどうするか決めかねているうちに、いつしか冬は終わり、春が訪れていた。
暖かくなってくると、体調も真冬に比べれば少しは良くなったような気がした。
ある日、図書館で『精霊が棲む森』という物語を読んだ。
それはおとぎ話で、本当の話ではないのだけれど、精霊が棲む森という場所に強く惹き付けられた。
精霊が暮らし、色々な魔法生物が棲む森。
ユニコーン、グリフィン、イピリア、ペリュトン、グリンデロー、ケルピー、ヒポカンパス。
挿し絵に描かれた動物たちが森で暮らす様子には、なぜだかどこか懐かしさを覚えた。
Shárú Ar Mortの檻に閉じ込められていたいくつかの動物を除けば、見た覚えすら一度もないにも関わらず。
——それはもしかしたら、私の奪われた記憶の在処を示しているのかもしれない。
いつか森に行ってみよう。
何も根拠はないけれど、森に行けば私が何者なのか手がかりが見つかるのではないか?
本に描かれた魔法生物たちは強く私にそう思わせたのだった。
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