フリートフェザーストーリー ここまでのあらすじ
オーギュは闇魔術の実験組織Shárú Ar Mort〈シャルアモール〉に囚われ、記憶を奪われて、
闇魔術をはじめとする魔法・魔術、武器の訓練を受けさせられていた。
その後、反闇魔術組織Monoceros Order〈モノケロス・オーダー〉の一団に保護され、
ここで導師長ティベリウスの弟子となり、闇魔術に対抗する手段を学んだ。
Shárú Ar Mortの記憶に侵襲され、この訓練はオーギュを苦しめるものとなった。
闇祓いキーラとその友人セロとの洞窟探索をきっかけに、
組織を離れてセデルグレニア魔法魔術学校で魔法を学ぶことにしたが、生い立ちも何もかもが違う生徒たちの中で馴染めず自主退学。
オーギュは魔法学校を遠く離れ、数々の森を抜ける中で色々な動物たちと友達になったりもした。
それでもあてもない旅を続ける中でオーギュは疲れ果て、この旅にも生き続けることにも何の意味も見出せずにいたのだった。

オーギュ・ハヴスソル(メリク): 魔法使い。人間と精霊のハーフブラッドで、身体的にも精神的にも性別はない。
魔法生物と通じる能力を持ち、風属性/天候操作の魔法に長けている。動物に変身したときの姿は不死鳥。
エレン・ウォーディントン:魔導機械の技師。自作の戦闘用魔導機械をいつも従えている。
サーシャ・アストリア(ティア):魔法使い。人間と精霊のハーフブラッドで、身体的にも精神的にも性別はない。
人間側の親であるリアの元で育ち、精霊たちの隠れ家〝祈りの庭〟で精霊側の親のルシエルと暮らしたのち、森の家で一人で暮らしている。
周りの生き物の感情を自然と読み取ってしまう特性をもつ。
ラグエル:水の精霊。サーシャとは親戚関係。
ウイニエル:水の精霊。
(一つ前のお話:『水色』)
(詳しいキャラクター設定は、キャラ設定のページにあります。)
『サラマンダーと火傷の子ども』
〜数週間前〜
「おい! アルマ! 勝手に行くな!」
オーギュが森の中を歩いていると、何者かが叫ぶ声が聞こえてきた。
大きなオーブのような形の歩行式魔導機械がこちらに歩いてくる。
魔導機械を追いかけてきたらしい、一人の人間が姿を現した。
片手には重そうな槍、もう片方の手にはカンテラをぶら下げている。
「なんだ、人間か。珍しいな。」
彼はオーギュの姿を見るなりそう言った。
確かに彼の言う通り、森の中ではほとんど人に出会うことはない。
「このあたりにいる黒いイノシシの頭から赤く美しい宝珠王石〈ラトラナジュ〉が採れると聞いて来たんだが、一匹も見つからなくてな。」
彼が探しているのはおそらくカーバンクルのことだろう。
イノシシにはあまり似ているとは言えないが、カーバンクルは頭に赤い宝石のある黒い四本足の生き物だ。
魔導機械を連れているところからすると、紅玉〈ルーバイン〉を魔導機械の心臓部にでも使うつもりなのだろうか。
オーギュは半刻ほど前にちょうど一匹のカーバンクルを見かけていたところだった。
「お前さん、フィリエンドールの森を地図も持たずに歩くのは危険だぞ。」
彼はそう言うと、地図に杖を当てて複製を作りオーギュに手渡した。
地図を見ると、赤い印で現在地が示されている。
それによれば、どうやらオーギュは魔法学校の周りに広がるエルグレニアの森を抜け、リウドラウグの森に入ったところらしかった。
彼はエレンと名乗った。
エレンにカーバンクルを見なかったか聞かれたが、彼がカーバンクルを狩ろうとしていることは明白だったので、知らない、見ていないと答えておいた。
「この辺りは危険な動物が多いから気をつけて行けよ。」
エレンはそう言うと魔導機械を連れてエルグレニアの森の方へ去っていった。
◇
青い木、青い草花、青い生き物、見渡すかぎりのすべてが青い不思議な森を抜けると、緑色の見慣れた木が茂る森に出た。
私はふとエレンにもらった森の地図のことを思い出し、バックパックから取り出して広げてみた。
地図によれば、ここはリンドヴィズルの森だ。魔法学校をやめてからは森をずっと放浪してきたが、ずいぶん遠くまで来たようだ。
森の中にはアンナットの実がなっていたので、杖で引き寄せてフクロウのアローと分けて食べた。
この森は静かで、けれどしばらく前に通り抜けたような全く音のない不気味な森ではなく、小鳥の囀りや風の音が聞こえてくる。
放浪する中でさまざまな森を通ってきたが、この森は不思議と少し気が安らぐ気がした。
少し歩いていると小さな泉に辿り着いた。
泉のほとりに腰を下ろして休んでいると、いつのまにかオコジョやウサギが集まってきて泉のそばに寝そべっていた。
そうして半刻もすると陽が落ちてきたので、ここで夜を明かそうとバックパックからテントを取り出した。
「エレクト!」
テントを設営していると、一匹のハイイロギツネが私たちのところに駆け寄ってきた。
動物たちは顔を見合わせると、ウサギもオコジョも散り散りに去っていく。
キツネがやってきた先に目を遣ると、大型のサラマンダーが草花をチリチリと焼きながら近づいてきていた。
小さな火トカゲではない、人の背丈の三倍はある大きなサラマンダーだ。
気が立っているようなので落ち着かせようと話しかけたのだが、何かがおかしい。
サラマンダーは私の声など何も耳に入らないかのように無視してにじり寄ってくる。
そのとき私ははっと気がついた。
……このサラマンダーは動物じゃない。人間だ。
だが、私が杖を向けたときにはサラマンダーは口から火を吐き出し、赤く灼けつく炎が私の身を焼き焦がそうと迫っていたのだった。
◇◆◇
BGM: Jonny Greenwood / Future Markets
サーシャはしばらく本を読んだ後、いつもの水辺を後にして家路に着いていた。
水辺から少し離れたあたりで、ふと背後から草木が焦げる匂いを感じた。
匂いのするほうに駆けて行ってみると、大きなサラマンダーが子供に火を吐きかけていた。

「ルウィストラ・アクアラム!」
サラマンダーとの間に水の防壁を作り出し炎を食い止めると、狙われていた子供のほうを見た。
どうやら既にひどい火傷を負わされているようだ。
どうやらあれは、サラマンダーではない。
おそらく、姿形や性質はサラマンダーの持つものをしっかりと備えているのだろう。
だが、あれは本物のサラマンダーではなく、サラマンダーに変身した魔法使いに違いない。
サラマンダーはサーシャの姿の方に向き直ると、その大きな尻尾を勢いよく叩きつけてきた。
「ボルティム・ワーテリアス!」
サーシャは尻尾の一撃をかわすと、すかさず杖を振って水弾を浴びせかけた。
「フリペンド!」
怯んだサラマンダーに続けざまに衝撃呪文を放ち仰け反らせ、子供から少し引き離した。
サラマンダーはすぐに体勢を立て直しこちらに向かってくる。
子供が危険だ。
サラマンダーは息を吸い込むと、サーシャに向けて燃え盛る炎を吐き出した。
サーシャは杖を振り上げ、力いっぱいに叫んだ。
「ウォード・モースワイル!」
サーシャが激しい水撃を放つと、巨大な波が炎をすべて覆うように包み込み、サラマンダーが吐き出した炎はすっかり飲み込まれてしまった。
もう一度を火を吐き出そうとサラマンダーの口が大きく開いたとき、サーシャもまっすぐに杖を向け狙いを定めていた。
「エバブリオ!」
サーシャがさらに呪文を放つと、サラマンダーは大きな泡の中にを封じ込められ、森の彼方へと吹き飛ばされていった。
◇
BGM: fennesz + sakamoto / mono
私はサラマンダーに襲われて倒れていた子供を家に運び込み、ベッドに寝かせて看病していた。
ひどい火傷を負っていたが、幸い私は水の癒しの魔法が得意だったのですぐに処置をすることができた。
それからどのくらい経っただろうか、火傷を負った子の意識が戻らないまま一日一日と日が過ぎていった。
サラマンダーの襲撃から十日が経った頃、ふいにラグエルが訪ねてきた。
彼は水の精霊で、私の親戚でもある。
私が一人で森で暮らすためにこの家を作ったとき、力を貸してくれたのもラグエルだった。
ラグエルはすっと私のそばに現れたかと思うと、火傷の子に目を遣った。
そして「なるほど、風の子どもか……」と呟くように言った。
「ティア、その子はお前の力だけでは助けられないぞ。これを分けてやろう。」
そう言って私に小さな瓶を渡すと、すぐに煙のように宙に消えてしまった。
ラグエルはいつもこうだ。この小瓶をどう使うかだとかそんな説明は一切ない。
ラグエルがくれた小瓶には、陽に当たると青く煌めく、泉の水のように透き通った液体が入っていた。
私はこの液体をどう使うか悩んだ末に、それを火傷の子に振りかけてみた。
すると、赤黒く灼けただれた肌がキラキラと水晶のように美しく輝いて見える。
しばらく私はこの子の傷を治すことも忘れ、その輝きに見蕩れていた。
そして我に返ったときには、黒く炭のようになっていたはずの右腕がすっかり元の色を取り戻していた。
◇
BGM: KASHIWA Daisuke / like a starhead
「……うっ……ここは?」
「気がついた?」
火傷の子の意識が回復する頃には、あの襲撃の日から二週間の時が経っていた。
この森の中にある私の家には、すべての近づく者から見つかることのないように、侵入されることがないようにと厳重に防護の呪文をかけてある。
この家に入れるのは私とラグエルだけだ。
しかし、ひとたび誰かをこの家に入れてしまうと、それが何者であってもその者はこの家が見えるようになり、護りの呪文の影響を受けることなく入れるようになってしまう。
普段の私であれば、家に入れるようなことはせず、癒師の所へ連れていくだろう。
なぜ私が咄嗟にそんなことをしてしまったのか自分でも不思議に思っていたが、ある日水の癒しの魔法をかけているとき、彼の手のひらに微かに印のようなものが浮かび上がっていることに気がついた。
これは…… 痕……?
私はそれが何であるかに気がついてはっとした。
——精霊痕。
それは普段は全く目に見えないのだが、ある種の魔法の力を受けているときだけ浮かび上がる。そして、この痕があるのは私のような半精霊だけなのだ。
以前ウイニエルにもらった本でこの形を見たことがあるのを思い出した。
エレメントのシンボルを表す特殊なルーン文字だ。
「風の……ルーン。」
そう、この子は私と同じ半精霊だったのだ。
私は水の、この子は風の半精霊〈ハーフエレメント〉。
今までハーフエレメントに出会ったのはほとんど覚えがない。
幼い頃にはそんなこともあったような気もがするが、その記憶も朧げで不確かなものだった。
火傷は少しずつ治っていき、保護してから二週間ほど経った頃、この子は意識を取り戻した。
彼の名はオーギュ・ハヴスソルといった。
火傷が治ってくると、元の顔もわかるようになってきた。
保護したときははせいぜい十二か十三歳くらいの子供かと思っていたが、彼は十七歳で二月に成人したばかりだという。
オーギュは色白でかわいらしい小柄な魔法使いだった。
オーギュの意識が戻ってからは、彼の感情が私の中に流れ込んでくるようになった。
けれども、オーギュから流れてくる感情は他の人達のものとは違っていた。
それがなぜなのかはわからない。彼が半精霊だからかもしれない。
オーギュから流れてくる感情は濃い霧に覆われているかのように捉えづらく、しかし霧の向こう側には強い孤独や悲しみ、恐怖が感じられた。
彼は毎夜ひどい悪夢を見ているようで、そのときに流れてくる恐怖や苦しみは凄まじく、私まで参ってしまいそうなほどだった。
オーギュが受けた傷は日毎に良くなってきていた。
ベッドから起き上がれる程度に治ってきた頃には、彼が連れていたフクロウはうちのエメとすっかり打ち解け、二羽で並んで餌を啄んでいた。
私は彼の怪我が治ればここから送り出すつもりだった。
けれども、彼の傷が治ってきてまた旅に出られるくらいに回復して来た頃、霧の中に隠されてはいないさみしさのようなものが強く流れ込んでくるのを感じた。
そのさみしさが私に向けられたものであることに気づいて、私はひどく驚き、戸惑っていた。
私がまだ多くの人の中で過ごしていた頃、私に対して〝恋愛〟のような感情を向けられることはしばしばあったが、私は今まで、誰かに必要とされたこと、こんなふうに誰かに強く求められたことはなかった。
そして、それだけではなく私も、オーギュを看病する中で、彼に対して愛着のようなものを感じるようになっていたのだ。
「オーギュ、これからどこに行くかも決まっていないのなら、もうしばらくここにいなよ。」
私が彼にこう言ったとき、私の中に流れ込んできた安心感や嬉しさのようなものを今でもよく覚えている。
それでもこの頃の私はまだ、それからの長い長い時をオーギュとともに過ごすことになろうとは思ってもいなかったのだった。
::: Ending Song : 鬼束ちひろ / 流星群 :::