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フリートフェザーストーリー ここまでのあらすじ​

オーギュは闇魔術の実験組織Shárú Ar Mort〈シャルアモール〉に囚われ、記憶を奪われて、

闇魔術をはじめとする魔法・魔術、武器の訓練を受けさせられていた。

 

その後、反闇魔術組織Monoceros Order〈モノケロス・オーダー〉の一団に保護され、

ここで導師長ティベリウスの弟子となり、闇魔術に対抗する手段を学んだ。

Shárú Ar Mortの記憶に侵襲され、この訓練はオーギュを苦しめるものとなった。

 

闇祓いキーラとその友人セロとの洞窟探索をきっかけに、

組織を離れてセデルグレニア魔法魔術学校で魔法を学ぶことにしたが、生い立ちも何もかもが違う生徒たちの中で馴染めず自主退学。

 

オーギュは魔法学校を遠く離れ、森をあてもなく彷徨った。

森の中で大きなサラマンダーに襲われたが、近くにいたサーシャに助けられ、保護・治療を受けることとなった。

ほどなく回復するが、互いに愛着を覚えた二人は森の家で共に暮らすようになったのだった。

キャラ個別_オーギュ他_小さなメロディ.png

オーギュ・ハヴスソル: 魔法使い。人間と精霊のハーフブラッドで、身体的にも精神的にも性別はない。

闇魔術の組織 Shárú Ar Mort〈シャルアモール〉に収容され、自由を奪われ厳しい訓練や拷問を受ける幼少期を過ごした。

それ以前の記憶は奪われている。14歳頃逃亡し、反闇魔術の組織 Monokeros Order(モノケロス・オーダー, 一角獣の騎士団)に保護され、

組織のメンバーの一人から闇の魔術からの防衛術を学ぶ。その後、組織を離れてセデルグレニア魔法魔術学校に入学、寮生活を送る。

17歳頃から森を放浪する生活をしていたが、サーシャと出会い、森の家で二人で暮らすようになった。

魔法生物と通じる能力を持ち、風属性/天候操作の魔法に長けている。

サーシャ・アストリア:魔法使い。人間と精霊のハーフブラッドで、身体的にも精神的にも性別はない。

人間側の親であるリアの元で育ち、精霊たちの隠れ家〝祈りの庭〟で精霊側の親のルシエルと暮らしたのち、

森の家で一人で暮らしていたが、オーギュと出会い、森の家で二人で暮らすようになった。

周りの生き物の感情を自然と読み取ってしまう特性をもつ。

リア・ミシェル・レストレンジ:人間の魔法使い。サーシャの親。

ルシエル:風の精霊。サーシャの親。

リンゼイ・ベラクア:セーブルノア診療所の癒師。

(一つ前のお話:『サラマンダーと火傷の子ども』

(​詳しいキャラクター設定は、キャラ設定​のページにあります。)

 

 

 

 

 

 

 

『小さなメロディ』

 BGM: Goldmund / Nihon

 この家でオーギュと過ごすようになって半年が過ぎた。

 人に辟易し長らく遠ざけてきた私が、また誰かといっしょに暮らすようになるとは思ってもみなかったが、オーギュとの暮らしは思いのほか楽しかった。

 オーギュと暮らすようになるまでは私は食事などには興味が持てず、食べるものといえばそのまま食べられるビスケットや果物といったものばかりだった。

 今は毎日オーギュが食事やお菓子を作ってくれている。

 私が時間を忘れ魔法道具作りに没頭していると〝サーシャ、夕ご飯だよ〟とオーギュの声が聞こえてくる。

 食卓に漂う美味しそうな匂い。

 リアやルシエルと食事を摂るのを楽しいと思ったことなんてなかったけれど、生まれて初めてだろうか、オーギュと囲む食卓は幸せだと感じられた。

 

 

 初めて出会った頃に流れ込んできた、霧に覆われているかのように捉えづらい感情——強い孤独や悲しみ、恐怖——はぼんやりと、しかしはっきりといつもそこにあった。

 オーギュを苛むなにものかから助けてあげたかったが、私にはどうしたらいいかわからなかった。

 ひどい悪夢も見ない日はないようで、毎夜毎夜、凄まじい苦しみや恐怖が私の中に流れ込んでくる。

 オーギュは自分のこと、過去のことをあまり話そうとしなかった。

 いや、話すことすら、言葉にすることすらできないように見えた。

 

 

 オーギュを見ていると、小さい頃に家に訪れていたチュロという子猫を思い出す。

 飼っていたわけではなかったのだけど、チュロは私にとても懐いていて、家に入ってきては私のいるベッドに潜り込んできた。

 そのときの気持ちで目の色が変わる不思議な猫だったのだけど、オーギュの目もそうだった。

 透き通るような碧色の瞳は、嬉しいときは琥珀色に、寂しいときは淡水色に染まる。

 チュロのように、オーギュも私によく懐いている。

 

 オーギュがとても寂しがるので、私達はいつでもいっしょに過ごしている。

 お風呂に入る時も眠る時も、いつも二人で。

オーギュとサーシャ_部屋着で食事3_cut.png
オーギュとサーシャ_入浴_cut.png
オーギュとサーシャ_添い寝_cut.png

 私が時々奏でる竪琴に興味を持ったらしく、オーギュにも竪琴の弾き方を教えてやっていた。

 オーギュは覚えがいいわけではなかったが、少しずつ確実に上達していった。

 私は、オーギュがたどたどしく奏でる小さなメロディが好きだった。

オーギュとサーシャ_ハープ2_cut.png

  ◇

 

 BGM: Goldmund / A Word I Give (with Ryuichi Sakamoto)

 

 

 私は朝が弱く、いつも私が起きる頃にはオーギュが先に起きて朝食を作ってくれているのだけど、今朝は目が覚めると隣にオーギュがいて、青白い顔をしてうずくまっていた。

 

 

 

「オーギュ、どうしたの?」

 

「サーシャ……お腹が痛いの……」

 

 消え入りそうな小さな声でそう言った。普段オーギュは体調が悪くてもあまり顔に出したりしないので、これは大変なことになっていると思った。

 私は周囲の人の感情は流れ込んでくるけれど、身体の痛みが流れ込んでくることはない。

 それでも、オーギュから流れ込んでくる苦しさで、耐えがたい痛みに苛まれていることははっきりと感じ取れた。

 額に手を当ててみると火傷しそうなほど熱い。

 

 痛みを和らげる呪文や、色々な癒しの呪文をかけてみたが、まるで効果がないようで、オーギュは痛みに呻くばかりだった。

 

 

「オーギュ、私じゃ無理だ……癒者に診てもらおう? ベラクア先生のところに行けばきっとよくなるよ。」

 

「ベラクア?……いやだ……癒者なんか……行かない……」

 

 オーギュが息も絶え絶えに言う。

 

 

 

「でも……」

 

 

「行かない……サーシャ……吐きそう……」

 

 そう言ったかと思うと、オーギュは涙を流しながら激しく嘔吐した。

 杖を振り、吐瀉物はすぐに取り除いてやったが、このまま放っておくわけにもいかない。

 薬棚を見ると、間が悪いことに効きそうな薬を切らしていることに気づいた。

 

 

「それなら薬を買いに行ってくるよ。お腹に効く薬が切れちゃってるから。」

「サーシャ……だめ……行かないで……」

「オーギュ……。それならベラクア先生のところに守護霊を送って訊いてみるよ。」

「だめ……やめて……お願い……」

 

 こんなふうにだだをこねることなんて今までなかったのだけど、どういうわけかオーギュは頑なに癒者を嫌がっていた。

 見ると唇は紫色になり顔はますます青ざめ、涙を流しながら身体をガタガタと震わせている。

 

 

「オーギュ、わかった、わかったよ。送らないから……。」

 

 しかし、一体どうすればいいのだろう。無理やりにでもベラクアのところに連れていくべきだろうか。

 私は為す術もなく途方に暮れてしまった。 

 

 

 私はどうしていいかわからず、オーギュの背中を撫でてやると、オーギュの苦しさがほんの少し和らぐのを感じた。

 それでも、やはり痛みが激しいらしく、苦しそうに肩で息をしている。

 

 しばらくそうしているとオーギュがまた吐き気を訴えてきた。

 そのまま背中を撫でてやっていると、オーギュの口から10センチほどもある黒い線虫のようなものが出てきた。

 私は即座に杖を振って魔法の泡に閉じ込めたのだが、よく見るとこれはディリワームという魔法生物だった。

 

 私はいつかリンゼイ・ベラクア癒師が言っていたことを思い出してはっとした。

 

 

 あれはいつだったか、森で倒れている人をベラクア癒師の元に運んだときだった。

 彼は重症の黒虫症で、ベラクア癒師がディリワームを取り除いたけれど、それでも長くて後5年の命だということだった。

 そのとき、ベラクア癒師は私に、話すというよりもぼやくようにこう語っていた。

 

ディリワームは元々は人に寄生するような生き物ではない。

 ディリワームはドードーの羽毛のような毛で覆われたクリーム色の線虫だった。こんな気味の悪い姿はしていない。

 しかし、私のきょうだいのロイスがおぞましいぬめぬめした黒い線虫に変えてしまった。

 それまではロイスと私は、お互い癒師を志し意見を交換し合う仲だった。

 だが、それも彼がアーヴィンと関わるようになって何もかも変わってしまった。

 黒い呪われたディリワームは、人に寄生してその者の思考を奪い服従させる。それは身体や心を蝕み、やがて死に至る。

 まあ、〝あなたのような者〟がディリワームに服従させられるようなことはないだろうがね。

 

 ロイス・ベラクア、アーヴィン・スプライスはShárú Ar Mortの闇の魔法使いだ。

 オーギュを苦しませていたディリワームも、ロイスが寄生させたものかもしれない。

 オーギュがあんなに癒者に診てもらうのを嫌がったのも、私がベラクア先生と言ったからに違いない。 

 

 オーギュはShárú Ar Mortであったことをほとんど話そうとしない。

 というより、オーギュは何かが胸につかえて話すことができないように見えた。

 彼らはオーギュをどれほど酷い目に遭わせてきたのだろう。

 

 

 

 

 ディリワームを吐き出して少しすると、オーギュの顔色がだんだんと良くなってきた。

 次第に痛みも和らぎ、熱も引いてきたようだった。

 

 今までずっとお腹を押さえてうずくまっていたオーギュは穏やかな顔になり、向き直って私に抱きつくとそのまま眠ってしまった。

 

 私にぴったりくっついているオーギュの身体をそっと抱きしめると、かすかにアルラウネの枝葉のような匂いがした。

 

 それはとても小さな、優しい匂いで——。

 

 

 

 

 

 

  ◇

 BGM: Max Ritcher / Dream 3 (in the midst of my life)

 

 

 

 

 

 魔法の泡に包んだディリワームは、ブルームワース魔導研究所に送って調べてもらうことにした。

 オーギュがShárú Ar Mortで受けたであろう呪いのことがわかるかもしれないのだ。

 

 このことでオーギュの苦しみが楽になることを少し期待してしまったのだけれど、ディリワームがいなくなった後もオーギュが何か変わったようには見えなかった。

 それでも、大事になることなくそれまでの日々に戻れたことを嬉しく思う。

 

 また元の日常が戻ってきて、今日はまたオーギュに竪琴を教えている。

 オーギュの奏でる涼やかな音色が耳に心地いい。

 まだ上手くは弾けないけれど、このやわらかで小さな旋律を聴いていると、不思議と気持ちが安らぎ、ゆったりとくつろいだ気分になれる。

 

 今日もオーギュがお菓子を作ってくれて、二人で食卓を囲んでいる。

 オーギュが淹れてくれた紅茶を飲み、白くアイシングされたレモンのクグロフを頬張って。

 

 一年前の私がこの家で一人で過ごしていたなんて信じられないほど、今ではオーギュとのこの日常が愛しくて大切なものになっていた。

 

 

 

::: Ending Song : Syrup16g / Reborn :::

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