フリートフェザーストーリー ここまでのあらすじ
オーギュは闇魔術の実験組織Shárú Ar Mort〈シャルアモール〉に囚われ、記憶を奪われて、
闇魔術をはじめとする魔法・魔術、武器の訓練を受けさせられていた。
その後、反闇魔術組織Monoceros Order〈モノケロス・オーダー〉の一団に保護され、
ここで導師長ティベリウスの弟子となり、闇魔術に対抗する手段を学んだ。
Shárú Ar Mortの記憶に侵襲され、この訓練はオーギュを苦しめるものとなった。
闇祓いキーラとその友人セロとの洞窟探索をきっかけに、組織を離れてセデルグレニア魔法魔術学校で魔法を学ぶことにしたが、
生い立ちも何もかもが違う生徒たちの中で馴染めず自主退学。
あてもなく森を放浪する旅に出ることとなった。

オーギュ・ハヴスソル: 魔法使い。人間と精霊のハーフブラッドで、身体的にも精神的にも性別はない。
魔法生物と通じる能力を持ち、風属性/天候操作の魔法に長けている。動物に変身したときの姿は不死鳥。
(一つ前のお話:『魔法学校の日々』)
(詳しいキャラクター設定は、キャラ設定のページにあります。)
『灰色の森と赤い月』
BGM: Ryuichi Sakamoto - walker
魔法学校から出て何日が経っただろうか。
日付も何も見ていなかったので、感覚がわからなくなっている。
何週間か経ったのか、あるいは何ヶ月も経ったのだろうか。
今いるのがどういう場所なのかもわからない。
とにかく私は、いくつもの森を抜けて、また別の森にやってきたのだった。
ここは今までに越えて来たいくつもの森とは何かが違うようだ。
森の入口あたりで見たことのない角のある魔法生物に襲われそうになったし、
さっきは危うく動く蔦に絞め殺されるところだった。
薬をたっぷり買い込んできたつもりだったが、この森に入る頃にはもう尽きてしまっていた。
この薬がないと、眠るたびにひどい悪夢にうなされてしまう。
けれど、この辺りは魔法薬の店どころか人影ひとつないので、手に入れることは不可能だった。
森の中は危険だということもあり、ほとんど眠らずに森の中を歩き続けるようになっていた。
眠る時は不死鳥に姿を変えて、木の上で少しだけ眠った。
食料はとっくに尽きていて、時々食べられる木の実を見つけたときに食べる以外には何もなくなっていた。
この森に入って何日が過ぎたのか、ずっと歩き続けている。
本当はもう疲れきっているのかもしれない、だけど空腹も疲労も何も感じなかった。
こうして森の中を歩いているとすべてが他人事のような気がした。
ひどい悪夢も、魔法学校やMonokeros Orderでの記憶も、この森が見せている幻なのかもしれない、そんなことを思うようになっていた。
一つ気がかりなのは、同じ景色が続いている気がすることだった。
道に迷ったのだろうか。
それは、三度目に泉が見えた時に確信に変わった。
これは全部同じ泉だ。私は何度も同じ道を繰り返している。
そのことに気づいて立ち止まると、突然ひどい疲労感と眠気に襲われて眠り込んでしまった。
◇
気づくと、私は壁も床も天井もすべて真っ黒い石でできた部屋に倒れていた。
一匹の狼が牙を剥いて近づいてくる。
なだめようと思ったが身体が動かない。
狼は私の周りを何回か回ったあと、勢いよく首に噛み付いてきた。
痛みで意識が遠のいていく……。
◇
私は森の中で目を覚ました。
なんだか何日も眠っていたような気がした。それとも一瞬だったのだろうか。
フクロウのアローが鳥かごから出てきて私の顔を覗き込んでいる。
アローが私の首を見るのではっとして首に手をやると、手にべっとりと血がついていた。
あの狼は……夢ではなかったのか……?
辺りはもう暗くなっていて、空を見上げると木々の間から満月が見えた。
身体がねじ曲げられるような不快な感覚のあと、私は狼へと姿を変えていた。
不死鳥になるときの感覚とはまるで違う。
自分が自分ではないみたいだ。
だけど、血に飢えたような感じとか、衝動だとか、そんなものは何も感じなかった。
ただ…悲しかった。寂しかった。
こんな誰もいない森の奥で、私は何をしているのだろう……?

喉を掴まれて締め上げられたように息ができなくなる。
助けてほしい… 救い出してほしい… この虚の中から。
誰か……
狼の悲痛な咆哮が森の中にこだましていた。
::: Ending Song: 鬼束ちひろ / Infection :::